遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。
南から穏やかな風が吹き、バルコニーからやわらかな光が差し込んだ。
のどかな昼下がり――になるはずだった。
帝城の広間に集められた聖女たちは、それぞれが思念誘導兵器――ブリッツを携えて指示を待っている。
ひとりの若い聖女が荒い呼吸を整えている。
首都ヴェノグの監視塔で見張りについていた彼女は、帝城に向かって飛行し、同時に起こった異変を口早に伝えた。
街の南側にある居住区に忽然と現れた中型獣魔。
西の海から押し寄せる小型獣魔たち。
そして、街の北側で聖職者らしき人物によって準備されている儀式。
日常を覆すこれらの出来事は、ほぼ同時に観測された。
「報告の通りだ。今ここにいる聖女で対応する」
聖女たちの前でパルゼアが宣言した。
「ルジエリはもう居住区に駆けつけているわ。私が支援につく。いいでしょ?」
聖女マルジナは待ち切れない様子だった。
形のよい眉がつり上がっている。
居住区には孤児院や学校など、子どもたちに関する施設も多い。
見張りの聖女からの報告を待たず、ルジエリは居住区に向かって飛行していた。
「油断するなよ」
パルゼアの声を背に、マルジナは駆け出していた。
ルジエリの実力なら中型獣魔に遅れを取ることはないが、いきなり獣魔が街中に現れることは通常ありえない。
胸騒ぎがしていた。
「オルゼト、ノルディズ。お前たちは小型獣魔を速やかに殲滅しろ」
「承知」
褐色の肌をした黒髪の聖女が物々しく銃型ブリッツを展開させた。
彼女が持つ小型のロケット砲型ブリッツは範囲攻撃が可能なため、群体を相手にするのに適している。
「ちぇっ ザコ狩りかよぉ。さっさと終わらせて戻るとするか」
ノルディズは悪態をつきながらピンクの髪をかきあげる。
戦斧型ブリッツが空中を舞い、小さな風を起こした。
「ロズタロト、ゼルロズ。ついてこい」
残ったふたりの聖女にそう言うと、パルゼアは盾型ブリッツを自らの周囲に浮かせた。
短い黒髪の聖女 ゼルロズは無言で黒い大刀を鞘から抜き放った。
「ずいぶん慎重じゃない。あたしらが行くほどのことなわけ?」
不本意そうにロズタロトが問う。
先日ゲイルード海上要塞で大型獣魔を仕留めたのはこの3人だ。
現時点のリガレア帝国において最高戦力でもある。
「ゼハインが裏で動いているようだ。儀式も獣魔に関係したものだろう」
パルゼアがバルコニーに向かって歩き出す。
彼女の飛行なら街の北側には5分とかからずに着く。
「……! 怪しいヤツだとは思っていたけど、あいつが裏で糸をひいてんのね」
変わり者だらけの聖女隊に身を置くロズタロトにとっても、ゼハインは異質の存在だった。
獣魔との戦闘において目立った活躍はない。
だが、その洗練された動きから相当な実力者であることは明らかだった。
出自に関係なく、力がある聖女なら迎えるというのはリガレア帝国の強みではあるが、得体のしれない者を引き入れるリスクもある。
「不埒者……斬る」
ゼルロズがバルコニーの床を蹴り、黒刀とともに空へと飛翔した。
「儀式の準備をしているのはゾルオネに違いない。私が決着をつける」
力を信奉する者たちが集まるヴェノグに、聖職者らしい格好をしたものはいない。
心当たりがあるのは、新たに宗教を興したかつてのフィデア皇国の指導者、ゾルオネ枢機卿のみだ。
旧フィデア領にいるはずの彼がヴェノグにいること自体が異変とも言える。
「だったら良いわね。いつかブッ殺してやろうと思ってたのよ」
ロズタロトにいつもの軽薄さはない。
引き結んだ唇には、明確な殺意が現れていた。
NEXT↓
コメント
キャラクターの名前にリンクするやつオネシャス!
あ、ホントだ!
忘れてました、随時やっていきますね。
ロズタロトはなんか因縁ありそうな雰囲気ですねー
今後明らかになることを期待してます
ロズタロトはフィデア出身なのですが、過去に恨みを持つ原因がありまして。
その辺りも3章で各予定です!
マルジナ急いでー
妹分がむちゃしてるよ
合流してからがベストだったんですが、いてもたってもいられなかったようで。