禁術の伝授

「だーかーら。俺がオッさんに力を貸してやるって言ってんだよ」
短い赤髪を揺らして、ゼハインが苛立たしげに眉をひそめる。
小さくため息をついて頬杖をつく。
足を組んではいるが椅子はなく、彼女は空中に座っていた。

「貴様はリガレア帝国の聖女だろう。それがなぜ、わしの復讐に手を貸すというのだ」
寒空の下、まだ延焼の跡が残るフィデア城の屋上でゾルオネ枢機卿は困惑していた。
突然訪問してきたのは赤い髪の聖女、ゼハインだった。
3年前、パルゼアによって滅ぼされたフィデア皇国の復讐をもちかけてきたのだ。

「どーだっていいじゃねぇか、そんなの。オッさん、やられっぱなしで悔しくねえの? あんな小娘によ」
ゼハインは両手を頭の後ろに組み、足をぶらぶらと揺らした。

ゾルオネはフィデア城が陥落した日のことを、1日たりとも忘れたことはない。
桃色の髪もストレスのせいか、若干薄くなった。
3年の間、リガレア帝国の一部となった旧フィデア領で力を蓄えてきたのだ。
しかし、聖女の力は強大である。
魔導巨兵を用意したところで、たちまちパルゼア率いる聖女隊に鎮圧されてしまうだろう。

「貴様はパルゼアたちの力を見誤っている。通常兵器や魔導巨兵では対抗できん」
「だったらよ、獣魔を使えばいいじゃねえか」
思わぬ提案に、ゾルオネは目を見開いた。
頭上に浮かんだままのゼハインを見上げる。

「できるのか? そんなことが……!」
「俺が教えれば、な」
獣魔の力を利用する術は3つある。

ひとつはリンカージェが使った従魔術。
術者が力を見せつけることで獣魔を屈服させ、契約して従わせる術だ。

ふたつめはギルゼンスとサローザが使った憑魔術。
術者と獣魔が融合することで、その力を得ることができる。

最後は降魔術。
獣魔を召喚することができる術であり、三大禁呪の中でももっとも危険とされている。

「オッさんじゃ従魔術や憑魔術は使えねえ。だから、俺が降魔術を教えてやるよ」
ゾルオネの頭上に浮かんでいたゼハインがゆっくりと屋上に降り立った。

彼女がリガレア帝国にやってきたのは1年ほど前のことだ。
黒い槍を携え、パルゼアにその優れた法力を見せつけることで、聖女として迎えられた。
わかっているのはそれだけで、出自や経歴といった情報がない。
戦場でも特に目立たず、ともに戦う聖女をじっと観察しているようだった。

「そんな便利な術が使えるのなら、最初から貴様が使えばいいだろう」
ゾルオネが苦々しげに言う。
女性の平均より背は高い方だが、ゼハインの体つきは細い。
それでも人間の体を瞬時に引き裂くほどの強い念動力を有しているのだ。
自分の無力さがいまいましかった。

「ま、それでも良いんだけどよ。全力で戦っているところが見たいんだよな。仲間が相手じゃ本気出さないだろうし、あいつら」
ゼハインが腕を組む。
リガレア帝国の首都ヴェノグのある方角へと顔を向けた。
「オッさんみたいな因縁のある敵じゃないとな」

――わけのわからん事を。
両の拳を握りしめ、ゾルオネは目の前の少女を睨んだ。

――軍事大国フィデアを作り上げたこのわしが、なぜこんな小娘どもにいいようにされなければならんのだ。
怒りが彼の全身を支配していく。
しかし、ゼハインの提案が真実のものだったとしたら。
獣魔を自由に呼び出すことができたなら、聖女たちにも対抗できるはずだ。
さらに魔導巨兵も併用できれば、パルゼアを倒してリガレア帝国を牛耳ることも夢ではない。

頭を踏みつけられたあの感触がまだ後頭部に残っている。
罠かもしれない。
だが、このまま飼い殺しにされるぐらいなら――

「わかった。降魔術をわしに教えてくれ」
ゾルオネは歪んだ笑みを浮かべた。
その瞳の中には確かな狂気がうごめいていた。

コメント

  1. 匿名 より:

    そんなにすごい術なのにただのオッサンに使えるのか疑問。

    • akima より:

      どれも使うことだけなら可能です。
      従魔術も使えるけど相手が強いとすぐ殺されますし、憑魔術も取り込まれて終わりますね。

  2. 匿名 より:

    おっさんなのに桃色の髪は草なんだ
    旧フィデア領をそのまま任されてたのが謎だ
    反乱を起こされる心配とかないわけ?

    • akima より:

      可愛いピンクカラーおじです笑
      フィデアの君主としては評価悪くなかったので、そのまま続投になったというところですね。

      リガレア帝国は広大な領域を支配しているので、国を治めていた王様をそのまま配下にしていくやり方で進めてます。