ルジエリには攻撃・防御面、どちらも中型獣魔を倒す上で十分な力が備わっていた。
ただし、人と獣魔の間には決定的な差がある。
それは耐久力。
高速飛行と回避、連撃によってルジエリの法力は急速に失われていた。
呼吸が荒く、斬撃の速度も落ちている。
一方で獣魔ヴァラグスは全身に傷を負い、左腕も失ってはいるが、その動きに陰りは見えない。
広範囲に放たれた電撃を躱しながら近づくルジエリに向かって、ヴァラグスの丸太のような腕が迫る。
その指先には槍のごとく鋭利な爪が並んでいた。
尖った爪の先端がルジエリを捉えたと思われた瞬間――
速度がもう一段階上がった。
衰えた斬撃はより速度を増し、ヴァラグスの硬い外皮を斬り裂いて深い傷を作った。
「相方のご登場だな」
満足気に腕を組む聖女ゼハインに向かって、バイザー越しに睨みを効かせる聖女がいる。
居住区に駆けつけた聖女マルジナである。
「ごめん、助かった」
空中でマルジナに並び、いく分か冷静さを取り戻したルジエリがつぶやく。
その身体が薄い光の膜に覆われている。
マルジナによるバフ効果によって速度・攻撃性能どちらも上昇している状態だ。
「無謀すぎるのよ。もう少し慎重に動いて」
諭すような声の中に怒気が含まれていた。
マルジナにとっても帝国領に住む人々は守るべき存在だ。
妹のように可愛がってきたルジエリも同様である。
「さっさと片付けるわよ!」
杖にあしらわれた真紅の宝石が煌めきを増す。
法力が発する光に覆われたルジエリは胸の前で手を組み、2機の大剣型ブリッツを左右に展開させた。
大きく息を吸い込む。
獣魔ヴァラグスが奇声をあげながら襲いかかった。
ルジエリは前傾で空中を飛びながら、攻撃を躱し、獣魔の目の前に迫る。
刹那、赤い大剣が超高速でくり出された。
閃光となった切っ先が、ヴァラグスの両眼を横薙ぎに斬り裂く。
そしてほぼ同時に、紫の大剣が首を両断した。
ヴァラグスの巨大な頭部は身体を離れ、地面に落ちる。
噴水のように黒い血が噴き出した。
――影刃。
赤の大剣で対象の視力を奪い、もう一方の大剣で斬りつける不可避の斬撃。
「お~! やるなぁ」
ゼハインは無意識に唸っていたことに気づいていなかった。
数々の聖女の戦いを見てきたが、ルジエリの影刃は威力、速度、精密性、どれをとっても最高峰のものだ。
「さて、説明してもらうわよ」
長い髪をかき上げてマルジナが問う。
「一体どこから獣魔を連れてきたの? 何が狙い?」
「どこから、か。降魔術で召喚したんだよ。で、それを従魔術で操ってたってわけだ」
ゆっくりと拍手をしながら、時計塔の屋根の上にゼハインが浮かぶ。
「はあ? どっちも禁術じゃない。使える者は限られてるはずよ」
「そう言われても、俺が考えた術だしなぁ。細かいことは気にすんなよ」
そう言いながらゼハインは禍々しい瘴気を放つ槍の柄をつかんだ。
――俺が考えた?
かろうじて動揺を隠しながら、マルジナは心中で繰り返していた。
三大禁術を使える者は、大陸でも片手に収まる数しかいない。
いずれも、下手に使えばひとつの国家を揺るがすほどの危険性を秘めている。
――それを作った、ですって?
「どうでもいいよ、そんなの。貴方はリガレア帝国に害をなす存在ってことよね」
ルジエリは禁術にもゼハインの狙いにも興味がない。
天から授かった力を使って、かけがえのない者たちを守り抜くのみ、だ。
「生かしておけない」
漆黒の殺意がルジエリの全身から放たれている。
「ふっふふ、シンプルでいいな、お前は。気に入ったぜ。だが、力を測っておきたい聖女が他にもいるんでな」
ゼハインが槍を空に掲げると、その足元に黒い球体が現れた。
球体は少しずつ大きくなっていき、直径15メートルほどにまで巨大化していく。
「もう少し遊んでろ」
黒い球体が霧のように晴れていく。
その中から、ヴァラグスと同サイズの獣魔が現れた。
ゼハインが空を舞い、街の北側に向かって飛び去っていく。
「待て!」
叫びながらもルジエリはその場を離れられないでいた。
新手の中型獣魔はすでに目覚めている。
黒い鱗のような外皮に覆われ、口元には鋭い牙が並んでいる。
地底から響くような、獰猛な咆哮をあげた。
「ウザいわね。速攻でボコして追うわよ」
杖型のブリッツを空中で回転させ、マルジナが改めて戦闘態勢を取った。
中型獣魔との連戦は想定外だ。
しかし、彼女たちに退くという選択肢はない。
迷う間もなく、ふたりは熾烈な戦いに身を投じることとなった。
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コメント
必殺技がある聖女とない聖女はなにが違うんですか?
文章内で説明していないだけで、みんなあるんです!
また少しずつ明らかにしていければと思います。
激情家の側面があるルジエリは敵が多そうですね。
影刃【一の太刀】で粛清された悪役聖女が敵に内通して罠を張るシチュエーションが想像できます。
「この顔の傷の恨み……‼」
↑影刃【二の太刀】=次は無い
激情に駆られるところが明確な弱点ですね。
戦闘能力はずば抜けているんですが…
その当たりをマルジナがカバーしてくれたり。
聖女同士の戦いも面白そうですね!
戦神ゾルフレッドの神器でありながら、【禍々しい瘴気】を放つ槍。世界を支配する神器。混沌が正常、力こそ正義を理念とする。
ゾルフレッドが乱心して神々vs聖女大戦を画策していなければ良いのですが。
神々vs聖女大戦は絶望的な戦いになりますね!
人間と神の間にはかなりの戦力差がある世界になっております。
術者と獣魔が融合して力を得る憑魔術。
術を作ったゼハインはどのようにして憑魔術の効果を確認したのか?
融合を解除する手段があれば、ギルゼンスが復活できる可能性があります。
あるいは精神を操り憑魔術を試したくなるように仕向けたのか。
「仲間が相手じゃ本気出さないだろう」という発言から、人間の精神を操る魔術も使えるのか。
「仲間」はゼハインを指す筈ではあるものの、後に色々やらかすゼハインを敵と認識して本気で攻撃する事を予測出来ない程、甘い考えでは無い筈なので。
ゼハインはいろいろと実験してますね。
融合を解除する方法はいくつかありますが、術者が死んだ時でもあります。
ゼハインは聖女の中では屈指の実力ですが、耐久面は聖女並なのでゼルロズは本気を出せないですね。
通常攻撃でも倒せます(当たればですが)