受容の道

グレイザは静かに、しかし鋭く飛翔する。
赤紫に光るガルズレムの胸部は、すでに眼前に迫っていた。
必死で大鎌を振るう愛弟子に視線を向けると、グレイザは空中を蹴り、さらに高速で飛んだ。

――強くなりな。誰かを守れるぐらいにはね。
その眼差しには、厳しくも温かい願いが込められていた。

体内に凝集された神気を法力に変換。
それを剣身にまとわせ、刃が対象に触れた瞬間に開放する。
纏閃――グレイザの持つ最大にして最高の技。
彼女が選んだのは斬撃ではなく、刺突だった。
より強く、少しでも深く。

空気を切り裂く鋭い音が鳴る。

「覚悟しな!」
青白く燃える矢のように、グレイザは体ごと長剣をガルズレムの胸部に突き刺した。
刃先がファイマズの宝珠に届く、確かな手応え。

海上に不気味なほどの静寂が訪れる。
波の音さえも消え失せ、時間が止まったかのような錯覚におちいった、次の瞬間――
轟音とともに爆風が海面を震わせ、遠くへと伝播していく。

グレイザの半身が突如現れた火球に飲み込まれていった。
纏閃によって破壊された神器が暴走し、逃げ場を失った神気が大爆発を起こす。

「おい!ババアぁああ!」
ぐったりとしたまま落ちていくグレイザの体を、ゾティアスが受け止める。
しかしその右半身は爆発によって大半が失われていた。
鮮血の温かさがゾティアスの手に伝わる。

「おい、冗談だろ…!」
熱いしずくがグレイザの頬に落ちた。

「ふ……泣くん…じゃない…よ…みっともない」
「うるせえ!死ぬな、ババア!」

――とっくに死んでるさ。
あの子が冷たくなって帰ってきた、あの日に。

グレイザの体から神気がこぼれていく。

それでも――

エリオンの信じた平和のために戦いづつける日々。
生意気な弟子たちへの指導。
ジュレインたちと過ごした安らかな時間。
それらすべてが愛おしく感じられた。

グレイザはゆっくりと、残った手で愛弟子の頬に触れる。

――あんたたちみたいな娘ができて…悪くなかったさ…

剣聖とうたわれた聖女の瞳がゆっくりと閉じられていく。
その表情には苦痛や後悔の影はなく、ただ静かな光だけが宿っていた。

NEXT↓

最後の防壁
長い封印から解き放たれた神獣の巨体には、天地を揺るがすほどの神気が満ちあふれていた。 脈動する神気がその身を駆け巡り、周囲の空間すら歪ませ...

コメント

  1. 匿名 より:

    わかってたけど泣いた。グレイザはきっと納得していたのだと思う。エリオンのいない世界でよく頑張ったよね。このままこの過酷な世界で大事な娘たちを失いながら生きるよりずっと救われるかもしれない。残った聖女たちには遺志を継いで神獣を倒して欲しい。

    • akima より:

      ありがとうございます!
      私も書きながら泣いてました!

      やっと死に場所を見つけたグレイザ。
      その一生が幸福だったかと言うと、そうは言えないのですが…
      かけがえのない時間はたしかにあった、という感じですね。

  2. 聖剣の目隠し乙女 より:

    膨大なエネルギーを蓄えた神器が爆発!こればかりは神獣といえど痛手となったはず。
    再生能力が低下すれば熱線の脅威を遅らせられる。
    人間らしい感情を見せるゾティアスと激動を駆け抜けたグレイザの生涯、八章は名場面の連続。
    宝珠と一体化?したというオーゾレスはどうなったのか。

    • akima より:

      神気の回復手段が途絶えました!
      再生が遅れる、今が好機ですね。
      ゾティアスの今後の成長に期待!
      残念ながら、オーゾレスは神獣の中に取り込まれてしまいました。
      本人はそのつもりではありましたが…

  3. 通勤時に見てる人 より:

    タイトルは愛息子を失った後の現実すべてを受け入れるための長い道のりだった。ということかな。強い娘たちに後を託して去っていった剣聖。しぶい。

    • akima より:

      そうですね、到底受け入れられない運命ですし、エリオンのことは最後まで納得はいっていなかった。
      でも、娘のような聖女たちに囲まれて、息子の夢だった平和に近づかせるための人生は、無駄じゃなかったと感じていたと思います。

  4. 山内禅定 より:

    体当たり気味の纏閃で散っていく・・・おばさまらしいラストでした。
    これでファイマズの宝珠による神気回復は絶たれた。
    喉が治らないとブレスも撃てない。
    天墜を当てる千載一遇のチャンス!?

    • akima より:

      遠間からは攻撃しない気性なんですよね。
      直にぶっ飛ばしたい人なので。
      ファイマズの宝珠がなくても再生はできますが、スピードは落ちてしまいます。
      まあ、これでやっと本来の神獣の力になったわけで…ダメージは与えてますけども。

  5. 匿名 より:

    ゾティアスのくだりでもらい泣きしてしまった!
    グレイザは大役を果たしましたね!
    お盆なのに毎日更新ありがとうございます。

    • akima より:

      ゾティアスとしては荒れた日々を正してくれた師匠だったので。
      グレイザがいなかったらここで全滅もあり得ました。
      ありがとうございます、頑張ります!
      世間ではお盆なんですかね…☺

  6. アルストロメリア@pixivも見てます より:

    この作品は何を信じるかということがテーマになっているとありましたがその集大成のようなお話でした。更新待ってます!

    • akima より:

      そうですね。
      グレイザには特にそのメッセージ性が宿ったと思っています。
      更新は今日もがんばります!

  7. 匿名 より:

    八章がはじまっているのに気づいてここまで一気に読みました!
    グレイザはなんとなく退場しそうだなとは思っていましたが納得の行く終わり方です。
    しかしグレイザなしで神獣を本当に倒せるのかな。

    • akima より:

      そうなんです、はじまってます!
      グレイザは納得のいく終わり方を迎えられたと思います。
      あとはヴィゾアやパルゼアたちにお任せですね。