現世の真理

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砂糖と焼けた小麦の甘い香りがする。
14歳になるパルゼアのために、父ウォランドがケーキを焼いてくれたのだ。

幼少期に母を病で失って以来、毎年のことだった。 寂しい思いをしないように、菓子職人の仕事を休んでケーキを焼いてくれる父はいつも優しかった。

「今年のケーキは特に上手く焼けたよ」

クリームで飾り付けながら、ウォランドは優しく微笑む。 柔和な人柄がよく出ている笑みだ。 ただ、口の端には大きなアザができていた。

「ありがとう、父さん。……まだ痛む?」

娘からの問いに、少しだけね、と答えてウォランドはうつむいた。

パルゼアたちの国はかつて、運河を通じた交易でフィデア皇国と共に栄えていた。
しかしある日、フィデア皇国は魔導巨兵を率いて侵攻を開始した。

降伏の後はフィデア皇国の兵が駐屯し、住民への激しい弾圧が始まった。
ウォランドは繰り返される暴動を止めようとして、フィデア兵に殴られたのだ。

「戦争はもう終わったっていうのに、いつまでいがみ合うんだろうね」

話しながらもウォランドはケーキの飾りつけを続けた。 ――戦争で悲しみを抱えた人たちを笑顔にしたい。 そんな思いで彼は菓子作りに励んでいる。

「みんな父さんみたいに優しかったらいいのに」

長い赤髪を指に絡めて、パルゼアはため息をついた。 椅子に腰掛けたまま、完成間近のケーキを眺める。

「今度、フィデア兵の駐屯所に嘆願書を出すつもりだ。自治を認めて欲しい、とね。同じ人間なんだし、腹を割って話し合えばきっとわかり合えるはずだよ」

ウォランドは胸を張った。 その澄んだ目は、人が持つ善性を心から信じていた。

「さあ、できたぞ。おめでとうパルゼア。今日はお祝いだ!」

クリームと果物がたっぷりのったシフォンケーキ。 大人には少し甘すぎるかもしれない。 しかし不穏な情勢の中で育ったパルゼアにとっては、程よい甘さだった。

茶色い麻の袋に包まれた父の遺体は、上半身しかなかった。

「本当にすまない。こんな…こんな事になってしまって……」

父の友人である男は床に膝をついて泣いた。 何が起こったのか、パルゼアは受け止められずにいた。 雨の中、血まみれの男が家を訪ね、父の遺体を運んできたのだ。

「――どうして……いったい何があったの?」

焦点の定まらない目で、パルゼアがつぶやく。

力なくうなだれながら、男は駐屯所での惨劇について語り始めた。

フィデア兵への暴動を止める代わりに、街の自治を許可して欲しい―― 嘆願書にはそう書かれていた。 ウォランドと男は嘆願書を持って駐屯所に向かったが、門前払いをくらった。

「我々は奴隷じゃない! 話し合いの場を設けるぐらいのことはするべきだ!」

そう叫び、しつこく食い下がるウォランドたちが衛兵と揉み合いになった。 騒ぎを聞きつけて現れた兵士長は、筋骨隆々の大男だった。 ウォランドたちの赤い髪を見て、理由も聞かずに殴りつけた。

「クズどもが。嘆願書だと? 笑わせるな! 交渉などできる身分だと思っているのか。貴様らは家畜以下なんだよ!」

兵士長はそう吐き捨て、倒れ込んだウォランドと止めに入った男を鉄杖で滅多打ちにした。 しかし、顔面が腫れ上がってもウォランドは引き下がらなかった。

「頼む。話を聞いてくれ。このまま両者がいがみ合っても――ぐっ!」

聞き終わる前に兵士長はウォランドの腹を蹴りつけた。

「しつこい野郎だ。負け犬のカスどもが」

兵士長は忌々しげに唾を吐き、背中を向けた。

「……怖いのか?」

鼻血を拭いながらウォランドが呼びかける。

「話し合いすらできないのか。フィデアの兵は腰抜けばかりだ」

振り向いた兵士長の顔面は怒りで紅潮していた。 腰に差した幅広の剣を抜き放ち、起き上がろうとするウォランドの胴に振り下ろす――

すべてを聞き終えても、パルゼアには理解できなかった。 あの優しい父がなぜ―― 間違ったことなどしていないはずだ。 人は、わかり合えるはずではなかったのか。 話を聞こうともしていないではないか。

パルゼアは横たわる父の亡骸にすがりつき、声を上げて泣いた。 どれほど泣いても涙はとめどなくあふれた。

優しさや正しさでは不当な暴力には抗えない。
弱ければ死ぬ。
絶望の中でパルゼアは、この世では力こそがすべてなのだと悟った。


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血染の祝福
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コメント

  1. 匿名 より:

    新章きたか!からの安定の鬱展開・・・
    父の友人は上半身だけ背負って帰ってきたのね

    • akima より:

      いきなり重たい過去で恐縮です。
      でもこの経験が後のパルゼアの意思の強さになり、念動力にも影響してくるので描いてみました。
      父の友人は一回家に帰って袋に入れてからパルゼアの家に行った形です。

  2. 通勤時に見てます より:

    宗教の腐敗
    マインドコントロール
    民族紛争←new!!
    目隠しフェチ向けのライトファンタジーだと思ったら感情ぐちゃぐちゃにされました

    • akima より:

      宗教の、というか組織が腐敗している形を書いてみたかったのがあります。
      小さい権力を振り回す系ですね。
      内容はシンプルなんですけど、ちょっと重たい話が多いかな…。

  3. 匿名 より:

    ギサリオ人とフィデア人はなんで仲悪いんですか

    • akima より:

      まず、2国をつなぐ大運河の交易でギサリオが発展したという背景があります。
      その後、ギサリオがどんどん栄えて軍事力を強化していきました。
      フィデアからするとそれが面白くなかった感じですね。

  4. 匿名 より:

    天啓を受ける前のパルゼアはただの無力な少女だったわけですか。リガレア帝国の聖女って髪の色が赤ピンク黒だからそれぞれが出身地によって分かれてるのかなと思ったり。

    • akima より:

      そうですね、普通の女の子でした。
      髪の色に関してはご明察の通りで、赤がギサリオ、ピンクがフィデアです。
      序盤に固有名詞が多いと読みづらいかな、と思いまして今後書いていく予定です。

  5. 匿名 より:

    リガレア帝国って最近建国されたばかりということになりますよね。パルゼアって政治もできてるのかな。それとも法王みたいな優秀な腹心がいるということか。

    • akima より:

      そうです!
      聖女になってからのパルゼアが作ったので出来たばかりの帝国です。
      法王みたいな人はいないですが、聖女たちが分業で担当してます。
      パルゼアはもっぱら軍事担当。

  6. 匿名 より:

    甘いものが好きなのはお父さんの影響なんだね…

  7. 匿名 より:

    BLITZが現代科学と同等以上のハイテク兵器に見える一方で、文明・文化水準は中世時代をベースとしている様に見受けられます。
    フィデアの暴虐は某宗教が改宗しない者は悪魔なので何をしても構わない、と奴隷化して売却した歴史上の事実を連想します。(改宗を強いて鞭打ちを続けた跡が深々と残る鉄杭の世界遺産のページは現在削除されています)
    博愛や生命・多様性の尊重といった美辞麗句の暴走で正常な自然淘汰が機能しなくなり、人口に到底足りない資源を取り合い、汚染を拡大、自ら首を絞めている現代を鑑みるに、生かすべきを生かし殺すべきを殺す中世ダークファンタジーは読み物として痛快な物があります。

    • akima より:

      スマホとかはないですね笑
      中世よりはもう少し発展しているイメージです。
      フィデアの人々は無意識化で他の国の人々を差別している感じですね。
      もう生まれつき下に見ているせいで、自分たちも気づいてないというか。

  8. 聖剣の目隠し乙女 より:

    パルゼアの父、ルジエリの父、ヴェイダル博士等、父親系の登場人物には善良な人が多いですね。ここに歪みと狂気を加えると…
    パルゼアの父「我々の話を聞いてくれ!」
    フィデア兵「下がれ!ステテコパンツにシルクハットが民族衣装などと抜かしているギサリオ人とは聞く耳持たぬわ!」
    パパぜあ「何故このセンスが分からぬ?覆面マントにパンツ一丁のフィデア人こそ、変態ルックではないか」

    ノルディズ「おやっさん、常連のアタシにはそろそろダンディな素顔を見せてくれても良いんじゃないか?」
    ルジエリ父「荒くれマスクに革の腰巻のダンディズムが分かるとは、嬢ちゃんも大人になったな」

    • akima より:

      ギサリオ人の民族衣装とは笑

      パルゼア、ルジエリのお父さんは狂気薄めですね。
      戦乱の世にかよわい女性として生まれて無力感を感じていたところに、いきなり神に選ばれて超常の力を得る
      みたいな体験をしていないので比較的常識人ぽい感じなんです。

  9. 聖剣の目隠し乙女 より:

    戦乱の世にかよわい女性として転生、神より超常の力を与えられたリアリスト戦闘狂ターニャ・デグレチャフ(幼女戦記)と似た物を感じます。
    傑出した技術力・軍事力を持つリガレアはドイツのイメージがあります。

    • akima より:

      名作と噂の幼女戦記ですね!
      いつの世も子どもや女性が犠牲になってしまう…のですが、聖女BLITZはそこをくつがえしたい!
      リガレア帝国はたしかにドイツを意識してるかもしれません。
      個人主義が強いイメージがありますね。