絶対の暴威

「おい、真上に飛べ!」
「でも、このままじゃ海上要塞が――」
「どのみち、アイツに任せるしかねえ」
ベルナズロズタロトを抱えたまま、上空へと飛翔する。

空気が震え、周囲の神気が渦を巻きながら神獣のもとへ吸い込まれていく。
喉の奥で青白い光が脈動し、やがてまばゆい白光となって輝いた。

雷鳴のような咆哮と共に、凝縮された神気が灼熱の光線となって海を切り裂く。
熱線が触れた海水は瞬時に蒸発し、巨大な水蒸気の壁が立ち上がった。
海は真っぷたつに割れ、神獣の圧倒的な力が大海原を支配した。

「みんな、下がってください!」
熱線が迫る中、聖女イズデイルは震える手で聖なる盾を高く掲げた。
盾から淡く光が放たれ、瞬く間に半透明のドームが聖女たちを包み込んだ。
光の壁が、まるで天使の羽根でできているかのように美しく輝く。

次の瞬間、神獣の熱線がバリアに激突した。
「くっ…うううう!」
イズデイルは歯を食いしばり、盾を握る手に力を込めた。
熱線は光の障壁を削り取りながら侵入しようとする。
光の壁にひび割れが走り、破片が散らばっていく。

障壁の一部が崩れ落ちたが、イズデイルは諦めなかった。
力を振り絞り、神への祈りを込めて盾を支え続けた。
やがて、熱線の勢いが弱まり始めた。
圧倒的な破壊力も、信仰の前で次第に力を失っていく。

ついに光線は消え去り、静寂が戻った。
障壁が消えると同時に、イズデイルの身体は力を失い、落下する。
「しっかりしろ!」
イルザスが空中で抱きとめ、呼びかける。

外傷はほとんどないが、イズデイルの顔は青白く、額には大粒の汗が浮かんでいる。
その疲労は大量の法力を使用した代償だった。

「はぁ…はぁ…だ、大丈夫です…」
荒い息を吐きながら、イズデイルは震える手で盾を支える。
それでも、人々を守り抜いた誇りが彼女の佇まいに宿っていた。

「あれが…神の力…」
若い聖女のひとりが、震え声でつぶやいた。
その場に居合わせた聖女たちの間に、重苦しい沈黙が流れる。

海面には巨大な蒸気の柱が立ち上がり、空気は未だに熱気で歪んでいた。
イルザスは重い息を吐きながら、遠くで威嚇するように咆哮する神獣を見つめた。

「規格外の威力だな。獣魔とはまるで別物だ」
華々しい戦績を持つイルザスのその言葉が、現実の重さを突きつけることになった。
彼女たちが相手にしているのは、人でも魔物もない。

まぎれもなく、神なのだ。
海をも蒸発させる圧倒的な存在。

「それでも…ボクたちには使命がある」
イズデイルは仲間たちを見回した。
恐怖に震える肩、青ざめた顔、握りしめた手。
誰もが神の力の前に圧倒されていた。

「神であろうと、世界を破壊する者は止めなければならない。たとえ我々が塵のような存在だとしてもな」
イルザスの言葉に聖女たちは無言でうなずいた。

絶対的な存在への畏怖と、それでも立ち向かわなければならない使命感。
そのふたつの感情が、彼女たちの心を複雑に揺さぶっていた。

神と戦うということの意味を、彼女たちは今、骨の髄まで理解したのだった。