大きく開いた神獣の口から閃光がほとばしる。
ルジェラムの天盾による障壁は突き破られ、幾人かの聖女の姿を消し去った。
「撤退だ!みんな下がれ!」
イルザスが声を張り上げる。
超長距離からの攻撃なら、一方的に神獣の体力を削ることができる――
聖女たちの予想は大きく外れた。
ガルズレムの放つ熱線の威力は想像を遥かに超える威力であり、離れた場所にいる聖女をいとも簡単に蒸発させた。
「わっ、ま、また撃ってくるよ!」
ジレミューが怯えながら指差す。
その先ではガルズレムが神気を胸元に凝集させていた。
――神とはいえ、あれだけの威力の熱線を連発できるものなのか?
イルザスの頬を汗がつたう。
生き残った聖女たちを撤退させる。
最優先は退くことだが、背中を向けるには危険すぎる相手だった。
「全員退け!」
そう叫ぶとイルザスはまっすぐに神獣に向かって飛ぶ。
しかし、すぐ真横に並走する影があった。
銀色のツインテールが風に揺れる。
「熱線を止める気でしょ?私も行くよ」
ミズハが微笑む。
「好きにしろ」
一瞥もくれず、イルザスが言う。
巨大な砲型ブリッツを携え、ふたりの聖女は城壁ひとつ分の距離まで神獣に近づいた。
いまや神獣ガルズレムの姿ははっきりと視認できるほどだった。
イルザスは感応力をめぐらせる。
胸のあたりで集まった膨大な神気が、喉元へと送り込まれていた。
「ミズハ。狙いは喉元だ」
「了解」
短い応答の後、ミズハは砲型ブリッツを構えた。
体内に残る神気をすべて法力に変換し、砲弾に込める。
海風が突然、ぴたりと止まった。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく響く。
雲も風に流されることなく、空中で固まったように見えた。
神獣の喉奥で、禍々しい光が脈動する。
死の静寂。
それは嵐の前の、絶対的な静けさだった。
「撃て!」
イルザスの掛け声と同時に、ふたりは砲撃を放った。
爆音とともに射出された砲弾はガルズレムの首に着弾し、大きな爆発を起こす。
神気の流れが止む。
しかし、白い煙が静かに渦を巻く中、突然、巨大な影がゆらりと現れた。
神獣の尻尾――鋼の鞭を束ねたような太さで、表面には鋭い棘が無数に生えている。
それが幻影のように煙を裂き、音もなく宙を滑る。
イルザスが気づいた時には、もう遅かった。
鞭のようにしなる尻尾が、彼女の華奢な体を容赦なく薙ぎ払う。
骨の砕ける鈍い音。
反射的に発動させた念動防御は何の意味も持たなかった。
「イルザス!」
ミズハの悲鳴にも似た叫び。
吹き飛ばされたイルザスの影が煙の向こうに消え、やがて重い水音だけが響いた。
白い煙は何事もなかったかのように、ゆっくりと風に流されていく。
「しっかり!…ああ…!」
海中からイルザスの身体を引き上げたミズハは絶句した。
右腕が肩口から無くなっている。
バイザーはひしゃげ、側頭部からも流血していた。
ミズハはイルザスの傷口を念動力で押さえ、空中に浮かび上がる。
その背に再び、黒い尾が迫った。
尾が唸りを上げる瞬間――
空からの砲撃がガルズレムを襲う。
唸り声を上げて、神獣が空を睨んだ。
「おい、お前!そいつを連れて逃げろ!」
ベルナズが叫ぶ。
ロズタロトを抱えたまま旋回し、再び砲撃を見舞う。
ミズハは無言のまま気絶したイルザスを抱きかかえると、海上要塞へと向かって飛んだ。
背後では爆煙を押しのけて咆哮が響きわたる。
それは地の底から湧き上がる地鳴りのようでもあり、天から降り注ぐ雷鳴のようでもあった。
怒りと威厳、そして絶対的な力――それらすべてを込めた神獣の雄叫びが、戦場を支配していた。