レアモンドの営む工房には休憩用に長椅子がひとつ置いてある。
そこに、薄い桃色の髪をした女が足を組んで座っていた。
「あのさ、おやっさんって一人暮らしだろ」
親しげに話すのはリガレアの聖女、ノルディズだ。
バイザーをレアモンドに作ってもらって以来、その仕事ぶりに感銘を受け、足しげく通うようになった。
「おう。それがどうかしたか?」
振り向かずにレアモンドが答える。
仕事をしている姿をじっと見つめられるのには、どうも慣れない様子だった。
「ふーん、んでルジエリは宿舎暮らし、と。寂しくねえのかよ」
「ま、気楽なモンだな」
表情は見えない。
ただ、火に照らされたたくましい背中は、満更でもなさそうだった。
「普段どうしてんのさ。家のこととか」
近くにあった小さなテーブルを引き寄せると、ノルディズは頬杖をつく。
「そりゃ手前でやるしかねえよ。俺しかいねえんだから」
額の汗を手ぬぐいで拭くと、レアモンドは今打っている刃を見つめた。
わずかな歪みを見つけると、無心に打ち始める。
規則正しい槌の音だけが工房に鳴り響く。
「なあ、アタシが一緒になってやろうか?」
槌を打つリズムが大きくズレた。
「……あのなぁ~なんで自分の娘より若い女と」
「なんだよ? こんなイイ女、男なら大歓迎だろ」
ノルディズはバイザーを外すと、大きな瞳でじっと見返した。
華のある顔立ちに、いかにも勝ち気そうな眉。
黙ってさえいれば美女と言えるだろう。
ただし、まだ幼さの残る眼差しだった。
「あいにく、そういうのは間に合ってんだ」
「ああ!? おやっさん、女いんのかよ!」
ノルディズは口を尖らす。
「そうじゃねえよ、お前は! ……いいから手を動かせよ」
慌てるレアモンドを見てノルディズはケラケラと笑った。
笑顔はまだ少女そのものだ。
ため息をつきながら、レアモンドはやりきれない気持ちになる。
――なぜこんな子どもが獣魔と戦わなきゃならねえんだ。
いつか、娘やノルディズも武器を捨てて、平和に暮らせるだろうか。
自分が手掛ける道具は、本当に戦いのない世界を作るために必要なのか。
迷いを振り払うようにレアモンドは一心に槌をふるう。
その瞬間、自分にできることをやるしかない。
槌の音は夜更けまで止まなかった。
コメント
好意を隠そうともしないノルディズ、娘の様な年齢の子供を対象に見ていないレアモンド、二人の距離感がとても良いです。
恋愛より相手が慌てる反応を楽しむ、居心地の良い関係性の描写に和みます。
ノルディズは好意を寄せているんですが、レアモンドは子ども扱いしてる感じです。
娘みたいな年齢だし…カワイイとは思ってるんですけども。