昼下がりに差しかかった空では、太陽がぎらぎらと海面を照りつけていた。
白い雲ひとつない蒼穹の下、5人のシューターたちによる爆撃が続いている。
いくつかの砲撃がガルズレムの体表に炸裂するが、黒光りする外皮に阻まれて決定的な損傷を与えることができない。
爆煙が晴れると、そこには相変わらず威容を誇る神獣の姿があった。
海面近くでは、マルジナ、ルジエリ、ゼルロズの3人が連携して攻撃を重ねる。
「くっ硬すぎる…!マルジナ!」
額の汗をぬぐいながら、ルジエリは斬撃を放った。
その体が薄っすらと光を帯びる。バフ効果を受けて、より鋭さを増した刃が舞う。
「硬き鱗、刃も砲も虚しく砕く」
よく通る声で詩を作りながら、ゼルロズは黒刀型のブリッツを振るった。
ガルズレムの手首や膝など関節部分に攻撃を集中させ、機動力を削ぐ。
しかし、彼女の法力をもってしても神器によって強化された神獣の再生能力を止めることはできなかった。
少し離れた海域に浮かぶ船の甲板で、ひとりの男が戦況を見守っていた。
リカードである。
彼の手には神器 グレゼイルの滅斧が握られており、出撃の時を待っていた。
「まだか…」
リカードの視線は暴れ狂う神獣に向けられている。
甲板の一角では、法力を使い果たし全身に傷を負ったリンカージェとイズデイルが横たわっていた。
パルヴァズが二人の傷の手当てをしている。
「イズディ、しっかり!」
「はい…なんとか…」
青白い顔をしたイズデイルが、か細い声で答える。
ルジェラムの天盾を使った防御戦で、彼女は自分の限界を超えた法力を使っていた。
リンカージェも同様で、右腕に深い裂傷を負い、額からは血が流れている。
パルヴァズは時折声をかけながら、止血の処置を続けていた。
その時、彼らの頭上を複数の影が通り過ぎていく。
「あれは…」
リカードが空を見上げると、そこには数人の聖女たちの姿があった。
グレイザを筆頭に、ゾティアス、ユゼルテス、ファズニル――そしてギルゼンスが滑空している。
新たな聖女たちの参戦により、戦況は大きく変わろうとしていた。
空では、グレイザがバイザーの奥で目を細める。
「あれが神獣かい」
すべての獣魔を作り出した不死の神獣――そして、エリオンの死を招いた元凶。
長剣型ブリッツを握る手に力がこもる。
口火を切ったのはユゼルテスだった。
「ファズニル!」
「了解っす!」
ファズニルの杖から放たれた光の粒子がユゼルテスを包み込む。
彼女の飛翔スピードが増し、結晶核が搭載された大槌型のブリッツはより輝きを増した。
「おおおおおっ!」
渾身の力を込めた一撃が、ガルズレムの胴体に振り下ろされる。
初手から全力で叩き潰す。
鉄槌の聖女と呼ばれるユゼルテスに、小細工は必要なかった。
これまで聖女たちの攻撃など意に介さなかった神獣が、翼を丸めて防御の姿勢を取る。。
大槌の威力は凄まじく、鱗のように硬質化したガルズレムの外皮が飛び散った。
「すっご…ユゼ姉、効いてるっすよ!」
ファズニルが歓声を上げる。
大きなダメージではないが、攻撃が通じることは明白だった。
だが、神獣は翼を広げ、即座に反撃に転じていた。
ガルズレムの巨大な爪がユゼルテスに向かって振り下ろされる。
かすっただけでも致命傷となりうる一撃。
その間に割って入ったのは、静かな法力を全身にまとわせたグレイザだった。
「遅い」
無駄のない動きで長剣を一閃。
洗練された法力の流れが刃に練り込まれ、神獣の指を斬り落とす。
ガルズレムが低いうなり声を上げる。
その隙を逃さず、ギルゼンスが動いた。
「さあ、派手にやりましょ」
徹甲弾型のブリッツを神獣の腹部に撃ち込む。
先端が何の抵抗もなく突き刺さり、ガルズレムがさらに大きなうめき声を上げた。
反撃の噛みつきを軽やかに避け、鼻先にブリッツを放つ。
「あっはははは! どこを狙ってるの?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ギルゼンスは高速で旋回する。
『調子に乗るなよ、女。距離を取れ』
頭の中で低い声が響く。
「らしくないわね。怯えてるの?」
『黙れ』
ギルゼンスは内なる獣魔の言葉に耳を貸さず、暴れ狂う神獣の周りを高速で飛び続ける。
両手で胸に手を当てると、バイザーの下で目を閉じた。
広範囲に感応力を展開させる。
ガルズレムの怒り、苦しみ、いらだち。
鋭い爪と牙による波状攻撃。
空を裂く尾。
それらすべてをギルゼンスは感じ取っていた。
――臨想。
感応力を極限まで研ぎ澄まし、相手の意図を見抜く絶技である。
必死の連撃を避けながら、ギルゼンスは徹甲弾型のブリッツを連続で叩き込んだ。
黒い鮮血が湧き上がる。
「あっははははは!あなたもひれ伏しなさい。私の足下なら何も恐れることはないのよ」
傲慢な笑み。
まるで格下の相手を弄ぶかのように、ギルゼンスはゆっくりと降下し、手のひらを神獣に向けた。
「エルゼナグ。力を貸しなさい」
自らと融合した獣魔に呼びかけると同時に、ギルゼンスの右腕が徐々に黒く変色していく。
禍々しい炎が腕全体を包み込み、周囲の空気がゆらめいた。
それはまるで邪神の力が現世に顕現したかのような、不吉な美しさを湛えていた。