豪放たる闘気

「はやまったね、ジオッド
戻ってきた聖女の報告を聞いたグレイザは、拳で机を叩き、立ち上がる。
その背には闘気が立ち昇っているようだった。

海上要塞の中にある会議室には、形容しがたい緊張感がただよっていた。

「どこに行くつもりだ」
パルゼアが静かに立ちふさがる。

「もう10人以上殺られてる。ここで指をくわえて見てろっていうのかい?」
「神獣は少しずつ前進している。我々が出るのはヴィゾアの射程までおびき寄せた後――」

「パルゼア。気に入らないなら、お得意の『力づく』で止めてみな」
グレイザが剣の柄に手をかける。
「ふん。いいだろう」
パルゼアは身をかがめると、盾型のブリッツを左右に展開させた。

聖女たちが息を呑む。
誰かが止めなければならない。
しかし、このふたりの間に立てる聖女はこの中には――

「はいはい、そこまでよ。バカな真似はやめて」

場違いなほど明るい声が会議室に響く。
聖女たちをかきわけ、肩をすくめながら両者の間に入ったのはギルゼンスだった。

「来てたのかい、嬢ちゃん」
「くっふふ。これだけの騒ぎだもの。祭りはキライじゃないわ」

「どういう風の吹き回しだ」
「あら、パルゼア。あなた勘違いしてない?私の目的はあくまで世界の調和よ。破壊じゃないわ」
ギルゼンスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「ヴィゾアが天墜を撃って、その後に最高戦力を投入する。それがあなたたちの作戦でしょ?だけど、そんなヒマあるのかしら」
「どういう意味だ」
パルゼアは腕を組み、眉をひそめる。

「確かに、ジオッドが喉を潰してくれたおかげでガルズレムの熱線は防げたわ。でも、あの異常な再生能力は止まってない。神気の供給を絶たなきゃ、またすぐに治るわよ」
「神気の供給…胸のあたりにあるとかいう、神器のことかい?」

グレイザが一歩進む。
ギルゼンスを剣の間合いに入れたまま、バイザーの奥で目を細める。

「そう。ロズタロトの話だと、ガルズレムの胸のあたりからファイマズの宝珠によく似た光が見えたそうよ」

オーゾレスが杖に隠していた神器か」
パルゼアにも心当たりがあった。
オーゾレスの杖から放たれる、妖しげな赤紫の光――それは禍々しい力を秘めていた。
「やはり神獣の復活にはヤツが関与しているのか?」

「さあ? 何を考えているかよくわからない女だもの。まあ、おおかたファイマズの宝珠で集めた神気ごと神獣の体内に入った…そんなところじゃないかしら」
「で、嬢ちゃんの狙いはその神器ってわけかい」

「ふふ…話が早くて助かるわ、おばさま」
ギルゼンスが艶めかしく唇をなめる。
「この体を維持するには莫大な神気が必要なのよ」

「神獣から神器をえぐり取れば、神獣の異常な再生能力は止まる。だが、お前が裏切らないという保証はない」
押し殺したようにパルゼアが言う。
エルゼナグと融合する前から、全くと言っていいほど信用のおける人間ではない。
今のギルゼンスが神器の力を得て敵にまわったとしたら、聖女側に勝機はなくなるだろう。

「心配しないで。コワ~イおばさまが私を見張っているもの。それにモタモタしてたら神獣は回復してしまう。ジオッドの尊い死が無駄になるわよ?」
「決まりだね。あたしが嬢ちゃんと出て、神気の供給を止める」
足早に出口に向かうグレイザ。

その背を眺めながら、パルゼアは小さくため息をついた。
今の段階で最高の戦力を失うわけにはいかない。
だが、他に手段もなく、考える時間も残されてはいない。

「おい、ババア~! 死に急いでんじゃねーよ」
長椅子に寝そべるように腰掛けていた聖女――ゾティアスが立ち上がる。

「あんたも来るかい?”戦友”の弔い合戦だね」
「ハッ!知らねーよそんなモン。アイツが弱いから死んだだけだろうが」

大鎌型のブリッツを背負い、グレイザを追う。
その拳にはいつになく力が込められていた。

壁にもたれて成り行きを見守っていたユゼルテスは、無言のまま手元に大槌型のブリッツを引き寄せる。

「くっふふ…やる気満々ね。それじゃ、ヴァルネイ組で行ってくるわ。お留守番はお願いね」

ひらひらとパルゼアに向かって手を振ると、ギルゼンスは扉の向こうへゆっくりと歩みを進める。
室内に差し込む光は、その明るさとは裏腹にどこか重く、息苦しかった。