睥睨する聖女帝

水平線に向かって日が落ちていく。
増援の依頼のためにゲイルード海上要塞を訪れたズィーグレが見たものは、巨大な獣魔の影だった。

ゆうに20メートルは超えるだろう。
巨体の半分は海に隠れている。
地の底から響くような怒声をあげながら尾を振り回している。
灰色の鱗に覆われた大型獣魔――グエイジスだ。

短い黒髪の聖女がその周囲を飛びながら、強烈な斬撃を叩き込んでいる。
もうひとり、ピンク色の髪をした聖女が遠間から援護射撃をしていた。

「なんだよ、これじゃ増援どころじゃないな」
ズィーグレが海上要塞の屋上に向かって急降下する。
そこには赤く、長い髪をなびかせた聖女が立っていた。
目の前の大型獣魔に対して身じろぎもせず、金色のバイザー越しに激戦を眺めている。

「――話はわかった。だが、ご覧の通り我々も暇ではない」
荒れ狂う大型獣魔と聖女たちの戦いとは裏腹に、落ち着いた声色だった。
薄暗い海の上でも目立つ赤い髪と、黒い鎧。
華奢な体つきには似合わない大きな盾型のブリッツが2機、周囲に浮かんでいる。

(まさか、こんな所でリガレア帝国のボスに会うなんてな……)
ズィーグレが海上要塞の屋上で呼びかけたのは、リガレア帝国をまとめあげる聖女帝パルゼアだった。
通常、一国の主が危険をともなう戦場の拠点に進んで足を運ぶことはない。
しかし大型獣魔が襲来する激戦地だからこそ、パルゼアがそこにいるのだ。
その静かなたたずまいには歴戦の猛者だけが放つ圧力があった。

「それにユゼルテスがいるなら増援は不要だろう」
パルゼアは腕を組んだまま振り返る。

黒髪の聖女が振るった黒い刀が、グエイジスの腕を斬り落とした。
断面から黒い血がほとばしり、あたりに絶叫が響き渡る。
体から離れた腕が海面に落ち、水しぶきを作る。
グエイジスは黒髪の聖女に背を向け、海上要塞に向かって突き進んだ。
怒りに燃える目はパルゼアをとらえている。

「お、おい! こっちに向かってくるぞ」
ズィーグレは反射的に地面を蹴って空中に浮かんだ。
そのまま2機の銃型ブリッツを左右に展開する。
大型獣魔が持つ超硬質の外皮は法力を込めた銃弾でもやすやすとは貫けない。
それを理解したうえでも展開せざるを得なかった。
眼前の獣魔が尋常ではない怒気を放っている。

海の中から鱗に覆われた尾が現れる。
うなりを上げて空を切り裂き、パルゼアに向かって叩きつけられた。
ズィーグレは声も出せずに見守るしかなかった。

しかし、振り下ろされた尾は腕を組んだままのパルゼアの頭上で止まっている。
寸前で浮かび上がった2機の盾型ブリッツが打撃の勢いを完全に殺していた。
周囲にバッファーらしき聖女の姿もない。

「ウッソだろ……!? あいつ、単騎で大型獣魔の攻撃を防いだのか?」
尾による一撃は本来なら人間などひとたまりもない重さを持つ。
大型の盾を持つディフェンダーでさえ吹き飛ばされる姿を、ズィーグレは今までに何度も見てきた。
微動だにせず受け止める聖女が存在することを、にわかには受け入れられない。

「怒りと悲しみ…そのすべてを」
ささやくように静かで、悲しみを帯びた声。
黒髪の聖女がグエイジスの背後から太刀を振り上げる。

「――抱いて死ね!」
刃鳴りとともに振り下ろされた刃は、大型獣魔の太い尾を根本から断ち切った。
絶叫とともにグエイジスがのけぞる。
その姿は天を仰いでいるようにも見えた。

痙攣する千切れた尾を念動力で払い除けると、パルゼアは2機の盾型ブリッツとともに浮かび上がった。
手のひらで凝縮された法力が光を放つ。

重なりあった2機のブリッツが弾丸のように回転しはじめた。
パルゼアが手をかざす。
超重量の盾は銃口から射出されたかのように高速でグエイジスの眉間へと突き進んでいった。

何かが破裂するような音がした。
盾型ブリッツが硬い外皮で覆われたグエイジスの頭部を貫いた音だ。
糸の切れた人形のように、仰向けの状態で巨体が海へと倒れ込む。
水しぶきが海上要塞の城壁を濡らしていく。

「ズィーグレといったな」
海の底へ沈みゆくグエイジスを見下ろしたまま、パルゼアが言った。

法王に伝えておけ。もしヴァルネイの聖女たちが敗れたなら
――この私がエルゼナグの相手をする、とな」

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現世の真理
砂糖と焼けた小麦の甘い香りがする。 14歳になるパルゼアのために、父ウォランドがケーキを焼いてくれたのだ。

コメント

  1. 匿名 より:

    やっと出てきたw
    次からはいっぱい登場するんですよね?

    • akima より:

      紹介ページをアップしてからずいぶんかかってしまいました…
      次章の主役なのでいっぱい出てきます!

  2. 匿名 より:

    グエイジスくんボコボコで草
    紹介された時は強キャラぽかったのに・・・

    • akima より:

      唯一の大型獣魔として強キャラっぽさを出してみたんですが、ちょうど良かったので…
      聖女全体でもベスト10に入る子らばっかりなので、グエイジスくんぐらいならボコせてしまいます。

  3. アルカンシェル より:

    防御だけじゃなくて攻撃力も最強ですねこれは
    (ディフェンダーとは)

    一点気になることがありまして
    グエイジスは三人がかりなのでしょうか
    ゼルロズ
    ロズタロト
    パルゼア
    もし三人で大型獣魔を倒せたのなら他の聖女たちと比べてもう一段強く見えます

    • akima より:

      攻撃こそ最大の防御という言葉もあるので、それを体現していくスタイルみたいです笑
      グエイジスは3人で倒しました。
      全員90以上なので最強クラスの3人ですね。

  4. 匿名 より:

    パルゼアかっこいい。
    マント?みたいなのは加工途中ですか?

    • akima より:

      マント…?あっ!
      加工する途中のレイヤーがそのままになっていましたm(_ _)m
      ご指摘ありがとうございます。
      修正しました!

  5. 匿名 より:

    すごい自信。この三人とエルゼナグの勝負も見てみたい。

  6. 匿名 より:

    ディフェンダーなのに攻撃もアタッカー顔負けじゃないですか!
    もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
    盾で頭骨ぶち抜いてるし大型の獣魔でもひとりで倒せるはず。

    • akima より:

      さすがに単独は厳しいけど…というところですね。
      法力が切れてしまうというか。
      盾による攻撃も弱ってないとクリーンヒットはしてないので。

  7. 匿名 より:

    法王はディメウスだよね。
    どこで会ったんだろう。
    ユゼルテスのことも知ってるみたいだし実はヴァルネイ出身とか?

    • akima より:

      法王ディメウスは防衛圏を作る際にリガレア帝国、エザリス王国の元首に聖女を派遣する約束を取り付けています。
      その時に会っていますね。
      ユゼルテスは自分に比肩する重念動力を持つ聖女として知っています。
      パルゼア自身はリガレア帝国として併合された小国の出身になります。

  8. 匿名 より:

    ところで三章はいつはじまるのでしょうか?

  9. 渋からきました より:

    姉さん強すぎます。
    三国のトップの中では最強かなっ

    • akima より:

      聖女の中でもかなり強い方ですね。
      3人とも強みが違うので比較が難しいですが、優勝候補ではあります。

  10. 匿名 より:

    悠然としたたたずまいから聖女のトップに相応しい威厳が感じられ好印象です。
    弾丸の様にシールドを射出する描写を見るに、範囲が狭いとされる念動もアタッカーと同等以上の射程がある様に見えます。
    岩盤を掘削するブレードを取り付けると、どんな強固な相手でも貫けそうです。

    • akima より:

      力が正義な帝国なので性格もそんな感じになってます。
      回転させて威力を上げつつ射出!
      …までは念動力で操作して、その後は念動力の範囲外になります。
      なので後で拾いにいかないといけませんね笑
      作中ではゼルロズが念動力で拾ってくれたと思います。

  11. 匿名 より:

    ブリッツが弾丸のようにってブリッツは弾丸でしょうよ!!!

  12. 匿名 より:

    実際にパルゼアがエルゼナグと戦った場合を考えてみました。
    パルゼア 物理攻撃を防御。たまに攻撃。
    ゼルロズ 隙を見て斬撃。
    ロズタロト 周囲を飛び回って囮役。
    オーゾレス 三人に法力を分けながらバフ。
    これで勝てそうな気がします。
    憑魔術の影響なしのフルパワーエルゼナグだったらきついですか?

    • akima より:

      もし戦ったら大体そんな役割になると思います!
      ロズタロトは囮だけでなく攻撃支援もできますね。
      全力を出せる状態のエルゼナグならきついかも。
      勝てたとしても1~2人は大怪我、もしくは死ぬかもしれません。

  13. 匿名 より:

    ゼルロズ「最後の一撃は、せつない」
    パルゼア「止めを刺した後は、よくそのフレーズを使うようになったな」
    ロズタロト「最近は巨像の伝承にハマっているらしいのよ」

    • akima より:

      ゲームのキャッチコピーは素晴らしいものが多いですね。
      心に残るというか。
      「どうあがいても絶望」もショッキング。