「どけ!道をあけんか、愚図どもがッ!」
道を歩く老人を水たまりに突き飛ばしながら、ゾルオネ枢機卿は走った。
目指すは首都ヴェノグにある兵器庫だ。
彼の手下たちが秘密裏に持ち込んだ魔導巨兵が用意されている。
聖女たちがダルガロスと戦っている隙にゾルオネは魔導巨兵に乗り込み、パルゼアを殺すつもりなのだ。
「薄汚いギサリオのガキめが!わしの頭を踏みつけたことを、死ぬほど後悔させてやるぞ」
歪んだ笑みを浮かべながらゾルオネは呼吸を整えた。
突如現れた獣魔と戦う聖女たちに加勢する――
兵器庫を守る兵士たちにはそう説明するつもりなのだ。
怪しまれるわけにはいかない。
ゾルオネは聖職者だけが着ることを許されたローブを整え、すそに付いた土を払った。
街の奥に兵器庫が見えてきた。
ゾルオネは足を早めるが、誰かに呼ばれたような気がして振り返る。
そこには血に塗れた聖女が立っていた。
「どこに…行くつもり?」
「ちっ、先ほどの聖女か。貴様に関係のない話だ」
ゾルオネがいまいましげに視線を投げかけた先には、満身創痍のロズタロトがたたずんでいる。
突進するダルガロスにふっ飛ばされ、家屋に投げ込まれた彼女は全身に傷をおっていた。
恐ろしい力を持つ聖女だがロズタロトは立っているのがやっとに見える。
ブリッツや武器らしきものも周囲に浮かんではいない。
ゾルオネは警戒心を緩めた。
「その髪色、貴様はフィデア人か。だったら邪魔はするな。我らの国を再興させる絶好の機会なのだ」
リガレア帝国の一部として取り込まれてからというものの、ゾルオネは屈辱の日々を送っていた。
聖女帝パルゼアを亡き者にして、再びフィデア皇国が覇権を握る――
それができるのは今しかない。
「あんたのせいで、ジョシュアは…憎くもない相手と戦争することになったのよ」
ロズタロトは兵士として戦争に駆り出されたかつての恋人の名前を口にした。
ゾルオネが他国への侵略を進めることで、フィデア皇国の若い兵士たちも次々と命を落としていったのだ。
「ねえ、答えて。何が楽しくて他国と戦争なんてするの?人を殺して領土を奪い取るなんて、最低の行為よ」
「ふん、バカが。何をいうかと思えば…我ら誇り高きフィデアの民こそが、世界を統べるにふさわしい。奪い取るだと?そもそも領土も資源もすべて強者のものなのだ。弱者どもには過ぎた代物だというのが、なぜわからんのだ」
興奮したゾルオネは瀕死のロズタロトの腹を蹴飛ばした。
地面に転がった後も、硬いブーツで何度も顔面を踏みつける。
「この!取るに足らんゴミどもが!わしを誰だと思っている?どいつもこいつも邪魔ばかりしおって!」
ゾルオネは肩で息をしながらロズタロトを見下ろした。
同郷の者であっても自分の意に従わないのなら容赦はしない。
舌打ちをして踵を返すと、ゾルオネは兵器庫へと歩き出した。
「…ねえ。強い者は何をしたっていいの?」
「当然だ。弱者には何の権利もない」
吐き捨てるようにゾルオネが言う。
「そう」
諦めたような、か細い声。
ゾルオネの首がゆっくりと捻れていく。
背面まで捻れた顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「あっ、あがっ…かはっ!貴様、まだ、念動力を…」
ぼきっ、とこもった音がする。
前のめりに倒れたゾルオネは、恨めしげに天を睨んで絶命していた。
NEXT↓
コメント
よかったーロズタロトがちゃんと生きていた!
そして起き上がった後すぐにゾルオネを追いかけた?
建物にぶっ飛ばされて失神して目が覚めたときには決着がついていたと予想。
ブリッツを携帯していないということは本当に念動力はカラだったのか。
ダルガロスの突進を止めてから勝負が着くまでは一瞬でしたので、ボロボロでしたが感能力を働かせてなんとかゾルオネを追いかけました。
ブリッツは置いて満身創痍のままふらふら飛んでいった形ですね。
ここで逃がすと厄介なことになるという彼女の判断です。
赤い髪…ギサリオ
ピンク…フィデア
ではオーゾレスとかルジエリのような黒髪はどこの出身なんですか?
また別の小国出身になります。
今はリガレア帝国の一部になった国です。
話をシンプルにするために3章では割愛してますが、今後書こうと思います!
最後に首を折るための念動力を残しておくために踏まれた時はガードしなかったの?
それもありますし、ゾルオネに対する最後のはなむけというか。
ゾルオネがどうしようもないヤツだということを最後まで確認しておきたかったのだと思います。
ロズタルトは不本意ながらも自分たちの代表であるゾルオネになにか崇高な目的があったと思いたかったんでしょうか。かつての恋人が戦場に向かわなくてはならなくなった正当な理由が。でもどこまで問いただしても利己的な返事しか返ってこず。呆れたロズタルトは残った念動力で首を捻った。と。最後は強いものは何をしてもいい。を体現してしまうことになったのは作者なりの皮肉かな。
そうですね、崇高でなくてもなにか納得のいく答えがあれば…という期待はありました。
フィデアの人々のためになるような理由とか。
でもそういったものはなく、自分たちが一番優れていてそれ以外の人種は劣っている、だから自分たちが支配すべき、という危険な思想の持ち主だったんですね。
わかってはいたけど根っこのところまで悪人なのかどうか、知りたかったのだと思います。
強いものは何をしてもいい、それがゾルオネの信条で結局そのせいで彼は命を落とすことになります。合掌。
ゾルオネの様な派閥がどの程度残っているか、プライドが高い貴族は拠点や活動が限られてきますが現代の様なテロにシフトすると厄介ですね。
市民に紛れて「肉の盾」を使うと最悪。
念動防御と敵意感知のアドバンテージがあっても相当面倒な戦いを強いられかねません。
泥沼化する戦況は地味で後味悪いだけなので、テロはあってもすぐ制圧されるでしょう。
良い様に蹴られていたロズタロトは念動防御で軽減出来ていたのでしょうか。
ドカッ(そんな、酷い…)ガッ(……こういうのも悪くないかも… アフン)
ピンク髪はエロ担当と言われています
ゾルオネと同じ考えのフィデア兵は結構多かったりします。
力を手にしたり、強い方につくと自分が偉くなったと勘違いしてしまうんですね。
テロ、つまり恐怖させて自分たちの言い分を通そうという考え方はまさにフィデア兵。
でもトップであるゾルオネ亡き後に誰かがまとめあげることができるか、というと…
このままリガレア帝国に吸収されてしまいますね。
ロズタロトは念動防御はしていませんでした。
でもゾルオネの踏みつけは硬い金属製のバイザーで防いでましたので軽傷です!
体は前のめりに倒れたけど顔は空にってエグイ
とっくに自分は地に伏しているのに、未だに諦めきれず天ばかり眺めている…
ゾルオネ枢機卿にふさわしい退場になったかなと思ってます。
フィデア皇国ということは皇帝がいるということ。つまりゾルオネは実質的な支配者かもしれないがあくまで宗教的なトップであってフィデアの元首は別にいるんですね。
そうなんです、フィデア皇帝も存在します。
摂政政治のようにゾルオネが政治の実権を独占してしまっているんですね。
フィデアの皇女が住んでいた宮殿跡で聖女ディアゼが魔剣を手にする…というストーリーもあるんですが、まだ書けてません…!
もう少ししたら書いていこうと思います。
読了。更新が不定期なのでSNSかなにかでお知らせしてほしい。かたちとしては『善の聖女が悪のゾルオネを倒す』という図式になっているけど結局聖女も気に入らない相手を力で屈服させて(わざわざ頭まで踏みつけていた)あげくには殺しているわけだから本質的には同じことをやっているということが三章のテーマなのか。
ありがとうございます!
一応pixivの方でも更新をお知らせしていまして…ほぼ同時なんですけども。
力が正義、とする場合、強いものは何をしても良いのか?という問いですね。
そもそも正義とはなにか、多数派と同義ではないというけれど…というせめぎ合いの部分がテーマといえると思います。
聖女たちもわかっていて迷いはするけど、眼の前の人々を守るために力を行使するしかない、という状況ですね。
わざわざ水溜りに突き飛ばすところにたちの悪さを感じる
ゾルオネからすると、もうフィデア以外の民が歩いているだけでも憎いんです。
怒りに支配されてるわけですね。
すがすがしいほどの悪人なのであっさり殺してしまってよかったのでは、とかw
同郷のよしみもあったのかな。
どう転んでも悪人なんですけどね。
彼なりの正義に期待していたのですが、それもなく…
倒れたロズタロトの顔面に何度も蹴りを入れるゾルオネのブーツを鋭利なバイザーが突き破った。
「痛ぁーっ゛‼」
思わず足を抱えたゾルオネは濡れた路面に足を滑らせ、もんどり打って倒れた。
鈍い音を立てて頭から落下した身体は前方に倒れ伏し、捻じれた頭部だけが宙を見上げている。
「あがっ、い、痛゛い…ぐるじいぃ。貴様、法力でわしの首を戻せ…さっさとやらんか!役立たずがぁ!!」
折れた首で体重を支えていたゾルオネは言葉を荒げた事で、滑りが良くなった頭が最後のバランスを崩した。
「おごっ!?ぐ…ぐへぁっ!」
死に切れないゾルオネにロズタロトは問う。
一縷の正当な返答も無く、暴君は苦悶に没した。
バイザーにそんな使い方が!
聖女のバイザーまわりに攻撃する時は気をつけないとですね。
ルジエリのとかめっちゃ尖ってるし笑
そしてゾルオネ、まだ生きてたのタフすぎない…?
さすがフィデアをまとめていた男だけはある。