甲殻の毒獣

灰色がかった空に、ほんのりと夕暮れの気配が忍び寄り始めていた。
水平線の彼方から、黄金色を帯びた光が空全体に溶け込んでいく。
まるで時の流れが緩やかになったかのように、雲は静かに色を変えていった。

「よし、上出来だ。ここなら俺でも獣魔と戦える」
巨大な戦斧を背負ったリカードは、足元の砂を踏みしめながら言った。
ルジエリは大型獣魔の一体に攻撃を仕掛け、ゲイルード海上要塞の東側にある浅瀬に誘い込んでいた。

「リカードといったな。お前にオーゾレス様の代わりが務まるとは思えない。一体どういうつもりだ」
「さて、俺にもわからねえよ。本来はパルゼアとオーゾレス、それにあんたが迎撃にあたる予定だったらしいが」
人ごとのように語るリカードに、聖女ジェルメトは焦りを感じていた。
赤い長髪に使い込まれた黒い全身鎧。

携えた大型の斧型ブリッツは、特殊部隊レイズウォルに所属し、数々の大型獣魔と激戦を繰り広げた彼女にとっての相棒とも言うべき存在だ。
だが、幾多の獣魔を屠ってきたジェルメトにとっても、聖女以外の人間と共闘するのは初めての経験だった。

三国に住まう人々と自分の帰りを待つ弟のためにも、不確定要素は排除しておきたい。
それがジェルメトの思いであった。
だが、仲間として配備されたのは見知らぬ男だった。

パルゼアが海上要塞に駆けつけるまで、果たして持つだろうか。
不安がよぎる。

「それにお前の持つその武器。それは――」
「おう、来たぜ」

ルジエリに誘い出され、漆黒の外皮に覆われた巨体が浅瀬に屹立していた。

獣魔ヘルゴウス
体長は優に20メートルを超え、その全身は幾何学的な節々で構成された甲殻のような外皮で守られている。
日差しを浴びて濡れた表面が青みがかって光る中、胸部や関節の隙間からは不気味な赤い光が漏れ出していた。

「リカード!誘導はしたよ。作戦はあるの?」
ルジエリが空中で大型獣魔の攻撃をかわしながら叫ぶ。
深紅に輝く眼窩がゆっくりとルジエリをとらえ、冷たい殺意を滲ませていた。

波が膝下を洗うたびに、黒い外皮がきしむような音を立てる。
まるで生きた金属のように、その姿は自然の法則に反した存在を主張していた。

「まずは正面から行ってみるか」
リカードは大きく跳躍すると、背負っていた紫色に光る戦斧を振りかぶり、ヘルゴウスの膝を斬りつけた。
刃は硬い外皮を深々と斬り裂き、黒い体液が飛び散る。
リカードは水しぶきを上げながら、浅瀬に着地した。

「あいつ、獣魔の外皮を斬り裂くなんて…。」
ルジエリが思わずつぶやく。
ふたりの聖女はリカードの力に驚愕していた。
しかも、ヘルゴウスの傷口は再生されていない。

「何か仕掛けてくるぞ!離れろ」
リカードが後ろに飛び退く。
ヘルゴウスが身をかがめると、赤く光る目が輝きを増していった。
次の瞬間、ヘルゴウスの上半身から黒い霧が噴射された。

「これは…毒霧!?」
念動力で飛行していたルジエリは霧に触れた瞬間、めまいを起こした。
体内に入った毒が神経細胞に取り付き、麻痺させていく。
手足から力が抜けていくのをルジエリは感じていた。
その体に尖った巨大な指が迫る。

「しっかりしろ!」
空中で加速したジェルメトは、ヘルゴウスの巨大な手首に斧型ブリッツを叩きつけた。
激しく火花を散らしながら、凄まじい衝撃音が辺りにこだまする。
ヘルゴウスが短くうめき、忌々しげにジェルメトを睨む。

ジェルメトはひるまずに二撃、三撃と連続で斬撃を繰り出した。
足元ではリカードがヘルゴウスの脛を斬りつける。

「ぐっ、ごほっ…」
まともに毒霧を浴びたルジエリは着地し、呼吸を整えながらふたりの戦いを見守った。
毒霧で弱らせ、近接攻撃で仕留める。
それがおそらくあの大型獣魔の戦法なのだろう。

ヘルゴウスが振り回した腕によって、ジェルメトが吹き飛ばされていく。

こんなところで休んでられない――!
ルジエリは2機の大剣型ブリッツを体の近くに浮かせると、力を振り絞って地面を蹴った。

「ちっ、とんでもねえ力だな」
リカードは振り下ろされる拳を避けながら、ヘルゴウスを見上げる。
まだ直撃は受けていないものの、念動防御ができない彼にはかすっただけの攻撃でも十分なダメージとなる。
ただし、大小さまざまな傷口からは薄い煙が立ちのぼり、再生が始まっていた。

「これだけデカイと脚しか斬れねえ。おい、ジェルメト。獣魔ってのはずっと二足歩行するモンなのか?」
「さあな。だが、四つん這いになるものが多い」

攻撃をかわしながらジェルメトが答える。
ヘルゴウスは獣魔としては珍しく、直立した状態で戦い続けていた。

「よし、ルジエリ。こいつの頭のあたりを見てきてくれ」
振り向いて叫ぶリカードに向かって、ルジエリは小さくうなづき、上空に向かって飛んだ。
その姿をヘルゴウスの赤い目が捉える。

「外皮が…薄い」
ルジエリが空から見たヘルゴウスの頭部には、目立つ棘や角はなく、外皮も薄くなっていた。
2本の大剣を念動力で飛ばし、頭部を斬りつける。
ヘルゴウスの絶叫が大気を震わせた。

「そこが弱点ね。でも、浅い」
つかみかかろうとするヘルゴウスの手を避けながら、ルジエリはリカードたちの元へと飛んだ。
確かな手応えはあった。
ただし、大型獣魔を仕留めるにはもっと大きな力が必要だ。

「やっぱり頭が弱点か。俺とルジエリで隙を作る。ジェルメト、あんたが決めてくれ」
「わかった。今はお前に従おう」
「隙を作るって、どうやって――」

「ついてこい!」
ルジエリが言い終わる前に、リカードは駆け出していた。
脚にまとわりつく海水をものともせず、浅瀬を突き進んでいく。
ヘルゴウスが振り下ろした拳を避けると、リカードは跳躍した。

「ここだ!」
初撃で斬り裂いた膝部分に向かって、リカードは再度、斧を振り下ろした。
ほぼ同時に、ルジエリの2本の大剣が傷口をえぐっていく。

軸足を斬りつけられたヘルゴウスは大きくバランスを崩し、地面に片膝をついた。
浅瀬に大きな飛沫があがる。

前のめりになったヘルゴウスの頭部に向かって、斧を振り上げたジェルメトが加速する。
その体は凝集された法力により、淡い光に覆われていた。

纏閃――
聖女の持つ念動力・感応力を極限まで集中させ、一気に放つ特殊スキルである。
心身へ大きな負担がかかる代わりに、その威力は絶大。

ジェルメトが振り下ろした斧型のブリッツは強い輝きを放ち、巨大なヘルゴウスの頭部を真っ二つに引き裂いた。

NEXT↓

暗海の悪夢
「うははは!見ろよ、今度の相手は楽しめそうだぞ」 ものものしい甲冑に身を包んだ聖女が、ゲイルード海上要塞の屋上から海を眺めている。

コメント

  1. 匿名 より:

    更新お疲れ様です。
    登場から撃退まで一気にいきましたね(笑)
    レイズウォルがついに活躍・・・胸が熱くなるな。

    • akima より:

      ちょっと長いですがお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
      レイズウォルはイラストを紹介してから活躍まで時間がかかってしまいました。
      でも次も活躍しますので…

  2. アルストロメリア より:

    外皮(という名の髪)が薄い・・・!

    • akima より:

      ハゲとるやないか!
      違います!
      外皮なんです…硬質化した外皮であって、決して髪が薄いわけじゃないんです!

  3. 聖剣の目隠し乙女 より:

    ヘルゴウスの大きく開いた口は高エネルギーを吐き出しそうな印象を受けます。
    獣魔の傷が再生しない斧は神器、あるいは魔剣の類?
    防御+バフ+攻撃の予定が、アタッカー×3。
    仲間に迫る獣魔の攻撃を強打で弾き、集中攻撃で体勢を崩し、必殺の一撃で仕留める、やはり攻撃編成が有用性で勝る様な…。
    無骨な甲冑を着こみ、事務的な男性口調、大斧と纏閃で力の信奉者を体現するジェルメトは、いかにも【BLITZ】聖女のスタンダードという感じがします。
    戦闘経験豊富なリカードは状況判断に優れた司令塔としての活躍が良く似合っています。
    攻撃・スピード・小回りを活かした囮役、長所が目立つルジエリは抵抗力が低そうですね。

    一方その頃、別の場所でも同時に激しい戦闘が行われようとしていた?
    大型獣魔「夏の終わりに進撃開始して苦節二か月、ようやくたどり着いた。早く大型獣魔「3」体がもたらす絶望を描くのだ」
    聖女「レイズウォル紹介から「1年」2か月も出番を待ったのだ。次回まで行儀よく待て」
    大型獣魔とレイズウォルは順番まで並んで待機している。

    • akima より:

      ヘルゴウスは確かにエネルギー弾撃ちそうですね。
      でも毒霧系なんです。
      斧は…御明察の通りです!
      そしてアタッカーばっかり編成!
      やられる前にやる作戦…ばっかりにならないように気を付けますm(_ _)m

      ジェルメトは確かにこの作品らしい聖女ですね。
      気に入ってます。今のままだとちょっとパルゼアとかぶってますけども。

      一方そのころ!そうなんです!次は別の大型獣魔との闘いです。
      1年2か月もかかりましたっけ!?
      や、やってしまった!

  4. 匿名 より:

    いつもの三記事分ぐらいありそう。リカードの脚力が人間を超えている・・あと武器もかなり強そう。神器なのかな。

    • akima より:

      そのぐらいありますね!
      リカードは獣魔の力で大幅にパワーアップしてますので…元から強い男だったんですけども。
      武器はかなり特別なものです。
      そちらももうすぐ明らかになります!

  5. 聖剣の目隠し乙女 より:

    獣魔集団は先鋒の鳥獣団全滅、次鋒ヘルゴウスが大破して戦力の3分の1以上が失われてしまった。
    近代戦では30%の損耗で壊滅。白兵戦の時代だと10~20%(雲行きが悪いと脱走が増えて潰走)。現代戦は40~80%。
    大型獣魔はこのまま各個撃破されてしまうのか?
    ヘルゴウス「たかが頭部を二つに割られただけだ。まだやれる!」

    ジェルメトのバイザーは立ち絵では兜型だと思っていましたが、フェイスガードみたいですね。

    • akima より:

      わずか30%で壊滅なんですか!
      80%ぐらいのイメージでした。
      70%残ってたらまだまだ頑張れそうなのに。
      ヘルゴウスはメインカメラというかメインの器官を破壊されてやられちゃいました。合掌。

      ジェルメトはかなり広範囲を覆うタイプの金属型のバイザーを使っています。
      これだけ大きいとフェイスガードの方が近いですね。

  6. 匿名 より:

    パルゼア・オーゾレス・ジェルメト編成だったらもっと楽に勝てたの?

    • akima より:

      パルゼアが受け止めている間に、オーゾレスがジェルメトをバフって攻撃していけば纏閃を使わなくても勝てたかもしれません。
      でもその方が時間かかるかな?