見渡す限りの空と海。
ゲイルード海上要塞の上空で聖女たちは黒い影の正体と対峙していた。
「私がけしかけた獣魔も全滅か。ニセモノの『調和』も馬鹿にならないものね」
白いドレスをはためかせ、かつての聖女皇、ギルゼンスが嘲笑う。
夕暮れが褐色の肌をオレンジ色に照らしていた。
ヴィゾアの目の前、10メートルほど先の空中に静止し、徹甲弾のような黒いブリッツを2機、体の両側に展開させている。
「久しぶりじゃない、ギルゼンス。まだ調和なんて幻想を追いかけているのかしら」
「ふふふ。気づいたのよ。すべてが私の前にひれ伏せば醜い対立もなくなる、とね」
「相変わらず幸せな生き様をさらしてようで安心したわ。『獣魔エルゼナグと一緒に死んだ』と聞いた時には心配したのよ?」
「そうね。確かに死んだわ。サローザだけが、ね」
術者である聖女サローザが死んだことで、憑魔術が解けた――
まだ息のあったギルゼンスは海の中に隠れて逃れ、傷を癒やしていた。
おそらくそんなところだろう、とヴィゾアは推測していた。
「エルゼナグはどこに行ったの?」
「うふふ。さあ、どこかしらね。意外と近くにいるのかもしれないわ」
肩を揺らしてギルゼンスが笑う。
他国の聖女たちを前にしながら、まったく警戒している様子はない。
しかし、圧倒的に有利な立場にありながら、ヴィゾアは動けずにいた。
以前のギルゼンスとは、何かが決定的に違う。
獣魔を追い立て、海上要塞に向かわせることなど並の聖女にはできるわけがない。
ただ、今のギルゼンスなら、あるいは――そう思わせる圧力を発していた。
「それで、あなたの狙いは?」
「オーゾレスに会いに来たのよ。まあ、あの女自体に用はないんだけど」
「あいにくここには居ないわ」
「いいえ、居るはずよ。自分の実験結果と、私の力を”視”るためにね」
ギルゼンスは腕を組み、対峙している聖女たちを見渡した。
法力を使い果たしたジオッドは、ムーゼルに抱きかかえられている。
ウェレジアは涼しい顔をしているが、肩で息をしていた。
「新しい力を試してみたかったの――お相手してくれるかしら?」
ギルゼンスから笑みが消え、黒いブリッツが淡い光に覆われていく。
「ムーゼル!退がって!」
ヴィゾアの叫びと同時に、ムーゼルがジオッドを抱きかかえたまま、後方へと飛行した。
ムーゼルは主君を置いて逃げることに抵抗を感じたが、今の自分たちでは足手まといにしかならないと判断した。
ウェレジアが前面に掲げた盾に向かって、黒いブリッツのひとつが真っ直ぐに飛ぶ。
鈍い音とともに、かつてないほどの強い衝撃がウェレジアを襲う。
「ケッ、こんなもん…!うわっ!?」
念動力で支えられた盾と衝突してもその勢いは止まらず、黒いブリッツはウェレジアを盾ごと海面に叩きつける。
「ウェレ…くっ!」
撃ち出されたもうひとつの黒いブリッツをかわし、ヴィゾアは砲型ブリッツをかまえる。
銃口に神気が集まり、一条の光となって放たれた。
立て続けに、まばゆいばかりの閃光がほとばしる。
その砲撃をゆうゆうと回避し、ギルゼンスは空中を蹴って一気に間合いを詰めた。
歪んだ笑みを浮かべ、ヴィゾアの喉元をつかむ。
女の細腕とは思えないほどの膂力。
ヴィゾアは両手でギルゼンスの手首を掴み、念動力を使って抵抗する。
だが、ギルゼンスの握力はまったく緩むことがなかった。
「ぐっ、ごほっ」
「くっふふふ…非力ね」
ギルゼンスは満足気に笑い、ヴィゾアを海上要塞の屋上へと力まかせに放り投げた。
乾いた衝突音。
ヴィゾアは硬い石の床に叩きつけられ、うめきながらうずくまる。
石床にぶつかる瞬間、念動防御を展開させたが勢いは吸収しきれなかったのだ。
「あっははは!弱い弱い。話にならないわ。王様がこのザマじゃエザリス王国もお先真っ暗ね」
「ぐ…う…貴方に、貴方なんかに負けない。正義が私とともにある限り!」
口元の血を拭ってヴィゾアは立ち上がり、ギルゼンスをバイザー越しに睨んだ。
「ふっ、つまらない女。まるで自分だけは汚れてないとでも言いたげね」
夕空の下、腕を組みながらギルゼンスはヴィゾアを見下ろしていた。
その両脇に、2機の黒いブリッツが音もなく寄り添う。
「あなたと私、何が違うのかしら。美々しく飾ったところで、しょせんは『親殺し』でしょ?」
「――ギルゼンス!」
激昂したヴィゾアが立て続けに砲撃を放つ。
しかし、いずれの閃光もギルゼンスの体に触れることはなかった。
彼女の広範囲に及ぶ感応力は、ヴィゾアの動きを完全に把握し、予測していた。
「あなたなんかと一緒にしないで!私は…ああするしかなかった。争いを無くすためにも」
闇の武器商人に成り下がった父を殺めたことを、ヴィゾアは後悔していなかった。
それは彼女の中で完全に正当化された行動だったのだ。
「あっははははは!滑稽ね。今使っているブリッツだって武器でしょう?ヴィゾア、あなたには欺瞞に満ちた正義がお似合いよ。勘違いしたまま――死になさい」
砲撃をかわし、急降下しながらギルゼンスが叫ぶ。
2機の黒いブリッツが音もなく加速する。
鋭い金属音が空気を切り裂き、一瞬の静寂の後、澄んだ余韻が次第に弱まりながら消えていった。
黒いブリッツは同じく2機の盾型ブリッツによって止められていた。
鈍く光を返す盾の表面には、リガレア帝国の紋章があしらわれている。
「そこまでだ。私が相手になる」
間一髪で両者の間に割り込んだパルゼアが、上空を見上げる。
「あなたなら大歓迎よ。でも、寝てなくていいの?ひ弱な聖女帝さま」
軽蔑に満ちた短い吐息が漏れる。
ギルゼンスの表情には、相手を見下すような優越感と残虐な愉悦が混ざり合っていた。
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コメント
4章がいちばんおもろい
ありがとうございます!
このシーン、ずっと書きたかったんですよ。
イラストは躍動感があっていいですねー!マトが小さいのでヴィゾアはやりにくそうですが念動力よりギルゼンスの腕力のほうが強いんですか?感応力が広いから先読みできて命中率も回避率も高い・単純なパワーが獣魔並・炎を扱える・傷が自動で修復する。強すぎませんwラージェマと戦ったらどっちが勝つんでしょうか。パルゼアがここで登場するのは熱い展開です。次回の更新待ってます。
イラストもかなり力が入ってます!
バイザーを合わせるのに四苦八苦しました。
念動力vs腕力ですが、つかむ力と指を剥がそうとする力の差もありまして、拮抗してます。
ただ、ギルゼンスも念動力が使えますのでヴィゾアは分が悪いですね。
接近戦、遠距離戦、持久戦、いろいろ対応できちゃいます。
ラージェマは御使いなので聖女とはレベルが違いますが、今のギルゼンスと勝負すると…どちらが勝つかな?
パルゼアはまだ本調子じゃないのに飛び出してきました。
さてどうなるでしょう。
ゲイルードで共闘している聖女達をニセモノ呼ばわり。
敵となり得る存在全て滅ぼし尽くせば、その時は平和になるものの「調和」とは言わないはず。
大型を含む獣魔集団をけしかける力は魔術では荷が重いので3大獣の威厳いによるものか。
中型獣魔並みの膂力を得たギルゼンスと、獣魔細胞を移植したリカード。
唯一の強みであるパワー勝負でも負けてしまいそうなリカードが憐れ。
ヴィゾアへの態度から察するに、ギルゼンスは「自分が汚れた」という感覚が無意識下でトラウマや劣等感となり、美しい正義に反感となって現れているのでは?
窮地に割って入るパルゼア、最高の登場ですね。
3女王が揃い、絵になる戦いですが明らかに分が悪い。
次回ようやくルジエリが派遣された布石が活かされる。
三国で均等に戦力を出し合い、共通の脅威と戦う。
これがディメウスの提案した『調和』なんですが、ギルゼンスは気に入らなかったようで。
すべてを滅ぼすというか、ひれ伏す・屈服させる、というのが目的ですね。
人間世界での国、獣魔・人という種の隔たりも取っ払って、すべてを自分が統治することで全体を整え、釣り合いを取る…。
できるかどうかは謎ですが笑
リカードはシンプルなパワー勝負なら負けないです!
ただ、念動力や炎も使える分、ギルゼンスが圧倒的に有利ですね。
ギルゼンスが抱えている感情はご指摘の通りです。
いい子ぶってるけどしょせん人殺しのくせに、という気持ちもありますね。
パルゼアはなんとか間に合いましたが、今回は超強敵です!
この先どうなるか…次回、ルジエリも登場します笑 ご明察!
ラージェマがカバンに入れて持ってきたのはこの徹甲弾型のブリッツだったわけだ。
金属製のバイザーも新調しているので一緒にカバンに入っていたのだと予想。。
では誰が作ったんでしょうか。
ラージェマはヴァルネイ共和国に縁があるからルカヴィ社の人間に作らせた?
ラージェマが持ってきてくれました!
金属製のバイザーも一新しています。
作った人は次の5章冒頭で明らかになる予定でございます。
ちょっと見ないうちにメッチャ話が進んでる!
3王がそろったのは今回が初?いいねー!
一箇所に集まったのは初の描写になります!
ここをどうしても書きたくて…
ヴィゾアが煽り倒してて草なんだもしかしなくてもギルゼンスのことがキライ?ギルゼンスはつまらない女あつかいですがパルゼアのことをどう思っているのか気になります。
ヴィゾアはちょっと高飛車なところがあるというか、美人だし強いしで高慢なところがあります。
ギルゼンスから見たパルゼアということですかね?
なんか真面目ぶってるけど暴力で解決しようとする短絡的なヤツ、という感じでしょうか。
まあそこはほぼ全員の聖女に共通してるんですけどね…ディメウスぐらいかな平和主義ぽいのは。