それぞれの正義

もはや雷といってもよいほどの電撃が首都バトリグに降り注いだ。
アズトラ教の神殿や教会が多く建設されている街の北側には、黒い煙が立ち昇っている。
その奥には青く光る輪に包まれた、巨大な獣魔の姿があった。

襲撃の鐘の音を聞いた教皇庁の司教たちは、我先にと逃げ出した。
三人のうち、誰もそこに留まろうとはしなかったのだ。
目指すはヴェラム大聖堂の地下。
武器を大量に保管しており、有事の際には避難場所としても使える。

聖女たちは何をやっておるのだ————

大司教ザクネルは街中を走りながら、心中で悪態をついた。
バトリグに駐留している聖女たちは、突如現れた獣魔の応戦と住民の誘導に追われている。
本来は彼ら司教こそが率先して行うことだった。

「どこに行くつもりだ」

冷たい殺意に満ちた声だった。
頭上を見上げた司教たちは戸惑う。
女が宙に浮いている。
バイザーで目元を隠し、4本の巨大な剣を携えたその姿は聖女のものだ。

「おい、お前! 我々の警護につけ。無事に大聖堂まで……」

言い終わる前にひとりの司教の首が飛ぶ。
ぐらり、と体のみが地面に突っ伏した。
石畳で舗装された道が真っ赤に染まっていく。

————敵? エザリス王国の聖女ではないのか?

ザクネルは混乱しながらも残った司教を突き飛ばし、再び走り出した。
直後に悲鳴が響く。

恐怖しながら必死に走るザクネルの背後にリンカージェの大剣が迫る。
激しい金属音。
「ひいっ」
ザクネルは情けない声をあげて転倒した。
恐怖におののき、身体を丸めることしかできないでいた。

「ザクネル様!」
悲痛な叫び。
間一髪で駆けつけた聖女リズレウの声だった。

ザクネルは地面に手をついて立ち上がると、振り返りもせずに逃げ出した。

「女を盾にして逃げるのか?」

侮蔑しきった声が聞こえる。
リズレウが押さえられた大剣は1本のみ。
別の1本が音もなく飛んだ。

リズレウはザクネルの元に駆け寄り、突き飛ばす。
その華奢な体を黄金の刃が貫いた。
鮮血が噴き出し、その場に崩折れる。

ぬるい返り血を浴びたリンカージェの動きが止まる。
彼女の目的はエザリス王国を滅ぼすことだ。
ただし、必要なのは腐敗しきった司教と国王であるヴィゾアの首のみ。
他に犠牲が出ることは想定していたが、直接聖女を殺めるつもりはなかった。

ザクネルのような人間をかばう気持ちは、リンカージェには理解できない。
それでも、目の前の聖女は心から信じられるもののために戦っている。
その一点はお互いに共通していた。

では何が違うのか。
自分の信じる正義は絶対に正しいと言えるのだろうか。
決意が揺らぐ。

一瞬、動きを止めたリンカージェに向かってリズレウは最後の念動力でナイフを投げつける。
教皇庁から贈られたナイフ型のブリッツ。

倒せるとは思っていない。
足止めができればそれでいい。
そんな想いを込めた一撃は、あっけなく大剣に払われた。

「逃げ…て…ザクネルさま……」
リズレウのつぶやきは冷たい街の空気を小さく震わせ、消えていった。

NEXT↓

血まみれの追跡者
「お~? オッサン元気じゃん」 ヴェラム大聖堂前で住民の避難誘導を行なっていた聖女ウェレジアは、走り寄る赤い影に気づいた。 老婆に手を貸...

コメント

  1. 匿名 より:

    これの続きはどこにあるんですか

  2. 匿名 より:

    最後までリズレウは幸せだったってこと?納得いかねー

    • akima より:

      全部知っているとやりきれない部分が目立ちますよね。
      でもリズレウ視点だと、保護されて何不自由なく育ててもらい、その恩人たちに恩返しをした上で散っていった形になりますので、幸せだったと思います。