対立し合う小国を力でまとめあげたリガレア帝国には、戦争で親を失った孤児も多い。
パルゼアは戦災孤児への支援を腹心の聖女オーゾレスに指示し、帝国領内には子どもたちを保護する施設が建設された。
中型獣魔が忽然と現れたのは、そういった施設が立ち並ぶ区域なのだ。
もし逃げ遅れた子どもたちがいたら――
想像しただけで背筋が凍りつく。
聖女ルジエリは知らせを聞いて即、居住区に飛んだ。
天啓を受け、聖女となった彼女は力を持て余していた。
いったい何のための力なのだろう、と。
そんな時、子どもたちの賑やかな声に惹かれて孤児院に立ち寄ったのだ。
屈託のない笑顔の影に、みな悲しみを抱えている。
母が恋しいと涙する子を、ルジエリは優しく抱きしめた。
足しげく通ううちに、子どもたちはルジエリにとってかけがえのない存在となっていく。
そしてある日、気づく。
自分が天啓を受けた意味に。
すべてはこの子たちを守るため。
もう二度と、悲しい想いをさせないように。
居住区にある広間に、巨大な影が見えた。
体長は10メートルほど。
中型獣魔に分類されるサイズだ。
全身が青い鱗のような外皮に覆われている。
その周囲で人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
ルジエリはさらに加速する。
しかし、獣魔の様子がおかしい。
だらりと両手を下げ、うつむいた状態で静止している。
その肩には赤い髪の聖女が退屈そうに座っていた。
「ゼハイン! どういうつもり!?」
獣魔の眼前に立ちはだかり、ルジエリは叫んだ。
怒気が静かな街の空気を切り裂く。
「お、さすがに早いな。ひとりで来たのか」
獣魔の肩の上で聖女ゼハインは足を組んで座ったままだった。
怒りに燃えるルジエリを前にしても、全身の力が抜けている。
「ご覧のとおりだ。この辺で獣魔を暴れさせよ――おっ!」
いい終わる前にルジエリが放った大剣型ブリッツがゼハインに向かって飛ぶ。
しかし、朱に染まった大剣は空中に浮かぶ槍によって弾かれた。
「この区域は子どもたちが暮らすための場所なんだよ。わかってるよね」
「もちろん。そうでもしねーとお前の本気が見れないからな」
ゼハインが空中へと浮かぶ。
指を鳴らすと、眠っていた獣魔が目を覚ました。
その目が鮮やかな赤色に変わっていく。
「まずはコイツを沈めてみな。安心しろよ、俺は手を出さねー」
近くの時計塔の屋根に降り立ち、ゼハインが宣言する。
呼応するように獣魔が吠えた。
同時に電撃が周囲を照らした。
獣魔ヴァラグス。
背中にある特殊な器官から電撃を放つ。
敏捷性も高く、硬い外皮を持つ危険な獣魔である。
通常であれば聖女が3人がかりで迎撃にあたる。
「消えろ!」
激昂するルジエリにとって、放たれた電撃は脅威とはならなかった。
いくつもの光の筋を空中で躱し、突き出された鋭い爪に向かって斬撃を叩き込む。
二振りの大剣が舞い、ヴァラグスの指が3本ちぎれ飛んだ。
咆哮をあげながら繰り出される爪は、ルジエリの身体に触れることはなく、大剣が閃くたびに獣魔の黒い血しぶきが散る。
「ハハッ、たいしたもんだな」
屋根の上に立ち、ゼハインは観戦していた。
怒りに支配されながらも感応力で敵の挙動を先読みし、紙一重で避けながら淀みなく攻撃し続ける。
何よりその速度は、すべての聖女の中でも並ぶものがいないほどだ。
怒号とともに振り下ろされた赤い大剣によって、ヴァラグスの左腕が肩口から斬り落とされた。
「これなら良い報告ができるぜ、ゾルフレッド」
戦神の名を口にして、ゼハインは満足げに笑った。
NEXT↓
コメント
直情型ですねールジエリ
そこを利用されなければいいですが
この回でゼハインは人間ではないことが確定?
そうですね、行動原理がハッキリしてるタイプです。
簡単に利用されそうなんですが、戦闘能力は高いのでなんとかなってる感じですね。
ゼハインに関しては…まだ謎です!
中級ぐらいなら単独で倒せるっぽい
ルドルザとは違うのだよルドルザとは
中級なら倒しきれるんですが、息切れはしますね。
連戦はかなり危険です。
ルドルザもかなり頑張ったんですが、強引すぎました。
オーゾレスはよく名前が出てくるのになかなか登場しませんね。
もうすぐ出てきます!
個性的なリガレアの聖女の中でもとくに曲者です笑
ゾルフレッドへの良い報告
この話が出た当初は、北欧神話で勇者を集めるのと似た設定か、ゾルフレッドの遊び相手として強者を求めている風に想像していました。
ゾルフレッドのもとで戦える者を探してます。
リガレア帝国には優秀な聖女も多いので、ゾルフレッドの代わりにゼハインが来た感じですね!