脅威が迫るゲイルード海上要塞はいつになく慌ただしかった。
獣魔の群体に対して広範囲攻撃を行う特殊部隊 プルゼリフに所属する聖女たちは、弾薬の確保、ブリッツの整備など作戦遂行の準備を進めている。
主に中型獣魔の対処にあたるため、リガレア帝国から駆けつけた聖女ルジエリは獣魔の群れを視認するため、屋上に出た。
強烈な日差しが海面を照らし、まぶしいばかりの光景が広がっている。
水平線から昇った太陽は、今や空高くにあり、容赦なく熱と光を放っていた。
「…どういうこと?」
屋上の端に腰を下ろした男の姿が見える。
年は三十代の半ばほどだろうか。
使い込まれた金属鎧の間から見える体は、長年の戦で鍛え上げられたかのように筋骨隆々としていた。
短く刈り上げられた金髪が、海からの優しい風に揺れている。
男は太い腕で釣り竿を軽々と操り、水面に浮かぶ浮きを静かに見つめていた。
彼の周りには静寂が広がり、ただ波の音と時折聞こえる魚の跳ねる音だけが、この平和な光景に溶け込んでいる。
「あなた、こんなところで何やってるの?すぐそこまで獣魔が来てるんだよ。早く退避して」
ルジエリは呑気にあくびをしている男の横顔に向かって呼びかけた。
ゲイルード海上要塞は獣魔の迎撃のために作られた要塞であり、聖女以外の者はほとんど出入りすることがない。
「ん?ああ、俺か」
「他に誰がいるのよ」
振り返った男は金属製のバイザーで目元を覆っていた。
表情に一切の緊張が見えない。
「ええと、お前はリガレアの聖女だよな。オーゾレスってのがいるだろ?あいつには借りがあってな。助太刀することになってんだよ」
「助太刀って…あなた、獣魔と戦う気?」
「俺も乗り気じゃないがな。これも『実験』なんだとか」
そういって男は視線を海面に戻す。
もう話は終わった、とでも言いたげな様子だった。
ルジエリは苛立っていた。
腕に覚えがあったとしても、普通の人間が獣魔と戦えるわけがない。
そもそも、得体の知れない男と共闘するつもりもなかった。
「無駄な犠牲は出したくないの。だから――」
「こりゃ大物だぞ」
男は釣り竿を引きながら、満面の笑みを見せる。
大きな魚影が水面に飛沫をあげながら、ぐいぐいと釣り糸を引っ張っている。
しかし湾曲した釣り竿は、突如目に見えない力によってへし折れた。
「あっ。なんだよ、いい所だったのに。お前なぁ、竿を折ることはねえだろ?」
「いい加減にして」
ルジエリは怒りをあらわにして歩み寄る。
この男は少し痛い目にあわせないと現状を理解できない――そう考えていた。
「おいおい、やる気かよ。気の短い姉ちゃんだな」
男はゆっくりと立ち上がると、肩に手を置いて首の関節を鳴らした。
ルジエリの体がふっ、と低く沈む。
地面を蹴り、一気に二十歩以上は離れていた男の間合いに入り込む。
常人には瞬間移動したように見えるだろう。
しかし、男はバイザー越しにルジエリの姿をとらえていた。
――見えてる?
一瞬の動揺を押し殺して放ったルジエリの掌底は、虚しく空を切る。
男は避けながら足を引っ掛け、バランスを崩したルジエリは念動力を使う間もなく、地面に手と膝をついた。
「ほう、たいした馬力だ」
男は驚いた表情で振り返るルジエリに向かって手を差し出した。
「リカードだ。よろしくな」
「…ルジエリ。あなた、普通の人間じゃないんだね」
渋々差し出された手を取り、ルジエリが立ち上がる。
「そいつはお互い様だろ。ほら、そろそろ来たみたいだぜ」
リカードが顎で海の向こうを指し示した。
海上を飛ぶ渡り鳥たちが、慌てて陸地へと逃げていく。
水平線の彼方に、得体の知れない巨大な黒い影が揺れている。
それは、ゆっくりとだが確実にこちらへ近づいていた。
NEXT↓
コメント
なんでルジエリの動きを見切れるんや
バイザーをしてるということは天啓を受けてるんか?
男やのに?
ある手術を受けた影響で聖女の高速移動も見切れてしまいます。
バイザーをしていますが、天啓は受けていません。
ってことは念力も感能力も使えんってことよね。
聖女に活躍してほしいけどせっかくの強キャラ感あるので格落ちしない程度には活躍してほしいな。
ややこしいこと言ってるのは自覚してるけど。
いえいえ、ご要望ありがとうございます。
念動力・感応力どちらも使えません。
基本は聖女が活躍するのでサポートに回る形になりますが、戦力としては一線級の聖女とも並ぶほどです。
ただ、飛べないので相手と状況によってはあまり活躍できません。
最速のルジエリの動きを見切る動体視力と体術、『実験』、「普通の人間じゃない」。
人体実験について触れられていましたが、彼がその強化兵士でしょうか?
獣魔細胞の適合性やリスクを考えると実用的とは言い難い気がしますが、今後超人化した戦士が量産される?
4章はレイズウォルとプルゼリフ、聖女の活躍を期待しています。
1対1の決闘が得意そうなルジエリは、集団戦では関節等の部位破壊で大型獣魔の戦力を削るのか?
そうですね、ある実験によって作り出された兵士とも言えます。
今後は量産というか、それが普通である世界を作ろうとしてるヤツがいます。
4章に関しては聖女たちの活躍がメインですね。
リカードは助太刀というか、補助的な役割です。
>決闘が得意そうなルジエリ
そうなんです、鋭いですね!
サラッと登場させたつもりなんですが…笑
ルジエリは1対1が得意なタイプでレイド戦みたいになる大型獣魔戦はあんまり向いてないです。
ご指摘どおり、部位破壊でもある程度は活躍できるのですが。
実は本人も知らない、別の目的で配置されています。
待望のつよつよおじ。バイザー越しにって書いてるから見てるのかな。じゃあなんでバイザーをしているのか。理由がないのは萎えるからやめてほしい。
なんかこの世界、男弱いな…というのは初期から思っていたことなので、頼りがいのあるタフガイはどこかで出したいなと思っていました。
バイザーをしているのには理由があります。
目を守るとか、なんとなくではないです笑
ルジエリって大型獣魔は苦手そう
ウッ
そうですね、苦手というほどでもないですが…
どちらかというと中型獣魔とか、個体相手ですね。
すぐブチ切れて突撃したりするので団体競技は向いてない女。
やっと戦える男がきた!
聖女がメインのお話なのはわかってるけどステイサム成分も欲しいんじゃ~
ステイサム笑
かっこいいですよね。
タイトルが聖女BLITZなんで聖女メインなのはこの先もそうなんですが、頼りがいのある強い男成分も少しは欲しい。
そもそもルジエリの掌底って威力あるのか疑問。体もほっそいしマッチョ相手に効果なさそう。
念動力による加速なし、ならよわよわです。
リカードからしたら、ぺしって感じですね。
念動力を使っても大男を吹っ飛ばせるほどではないので、顎を狙っています。
ボクサー的な戦い方になりますね。
ゲイルード海上要塞に、夜な夜な 刃を研ぐ音が響き渡る…。
「「「「我ら、対大型獣魔特殊部隊レイズウォルの出番は、まだか…」」」」
もう次の更新です!
単語の説明から登場までが長過ぎましたね…!
リカード「ようやくこの力を使う時が来たぜ」
鎧を着こんだ偉丈夫が全身から猛獣の如き覇気を放つ。
ルジエリ「何をしているの?」
リカード「使命を果たす時が来た。
獣魔どもの爪や牙、鱗、眼球、心臓、発電器官などの素材を剥ぎ取ってこいとの命令でね。
…パワー・スピードの使い所がこれか…」
なんかモンハン的な!?
逆鱗とかあるのだろうか…
尻尾を上手い事斬ってみたり!?
戦闘が落ち着いた要塞の桟橋からリカードが釣り糸を垂れている。
ルジエリ「ねえ、釣りって面白いの?」
リカード「ああ。釣りと一口に言っても、魚や海域によってコツや使う餌、駆け引きの醍醐味が色々あってな」
…
ジェルメト「お父さん糸引いてる!糸!」リカード「誰がお父さんだ!?」
ルジエリ「お父さん、餌取られちゃった…」 ゲイルードに釣りブームが起きたとか起きないとか
釣りは楽しいものですよね。
リカードなら釣り好きのムーゼルとも友達になれるかもしれない。
お父さん的な立ち位置で聖女を助けてやって欲しいです。