最後の防壁

長い封印から解き放たれた神獣の巨体には、天地を揺るがすほどの神気が満ちあふれていた。
脈動する神気がその身を駆け巡り、周囲の空間すら歪ませるほどに。

だが、その膨大な神気の奔流が、突如としてぴたりと止まった。

無限と思われた供給が途絶え、体内に渦巻く神気は、ただ自らの内にある分だけとなった。
静寂が訪れ、神獣はその身に宿る残存の神気を感じ取る。
それは確かに強大であったが、もはや「無限」ではなかった。

人の作り出した仮初めの世界を、正しい形に戻す。
内なる神気のみでやってのけなくてはならない。

そして同時に、神獣は自らの命に届きうる力を感知していた。

海上要塞の上空に神気が集まり、ガルズレムの弱点である法力に変換されている。
薄い雲のような神気が螺旋を描きながら収束し、やがて青白い光の粒子となって宙に舞った。
古代より封印されし者の本能が、死の予感を告げている。

ガルズレムは浅地の地面を蹴り、翼を大きく広げた。
地響きとともに高波が周囲に巻き起こる。

海面が裂け、大気が震動し、まるで世界そのものが神獣の怒りに呼応するかのようだった。
岩礁は砕け散り、潮風に乗って無数の水滴が宝石のように煌めく。

これほどの巨体が宙に浮く姿を、聖女たちはイメージできていなかった。
呆気にとられ、挙動が遅れる。

「迂闊…!」
追いすがるように、ゼルロズが神獣の背中に黒刀を突き立てる。
しかし、その動きは一向に止まる気配が見えなかった。

ゼルロズは自らが突き刺した黒刀の柄を握りしめると、静かに目を閉じ体内に法力を巡らせる。

「おい、まずいぞ!」
ルジエリとともに船に戻ったリカードが空を見上げる。
ヴィゾア様…!」
両手を胸の前で組み、主君の無事を祈ることしかパルヴァズにはできなかった。

ガルズレムの向かう先は、集気法を使う聖女王ヴィゾアの元だった。
まだ天墜の準備はできていない。
神を穿つほどの膨大な神気の収束には、時間が必要なのだ。
あと少し、ほんの少しの時間さえあれば――

悠々と天空に向かって飛翔する神獣と、法力を練り上げるヴィゾアの間に、聖女帝パルゼアが立ちはだかる。

「ここは通さん」
凛とした声が戦場に響く。
パルゼアの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。

グレイザが残した熱が、内にたぎっている。
盾型ブリッツを構え、全身に法力をみなぎらせた。

ガルズレムは空中で巨体をしならせ、鋭いひっかきと尾による攻撃を繰り出す。
巨大な爪が空気を裂き、太い尾が鞭のようにしなって襲いかかる。

甲高い金属音が響き、火花が散った。
結晶核を搭載した盾が、死の連撃を弾く。

さらに、ヴィゾアに向かって伸ばしたガルズレムの腕に向かって、パルゼアが盾を投げつける。

「させるか!」
結晶核の輝きを纏った盾が回転しながら飛び、神獣の前腕に激突。
凶悪な爪先がヴィゾアの眼前で止まった。

神獣が見せた一瞬の怯みを、ゼルロズは見逃さなかった。

「今」
ゼルロズが法力を開放し、機迅を放つ。
青い光の刃が真空を切り裂き、風を纏って神獣へと向かった。

完璧な軌道を描く一撃。
長年の修練でつちかった技の全てを込めて――

念動力を帯びた刃が、ガルズレムの翼を根本から断ち切る。
黒い鮮血が宙に舞い、神獣の唸り声が海を震わせた。
切断された翼が海面に落下し、巨大な水柱を上げる。

片翼になり、空中でバランスを崩すガルズレム。
その巨体が重力に引かれ、海へと傾いていく。
だが、神獣は残った翼を必死に羽ばたかせ、墜落を食い止めようとする。

「みんな、離れて」

小さくつぶやいた後、ヴィゾアがバイザーの奥で目を開けた。
その体の周囲は青白い光で包まれていた。

神気が彼女の内で完全に法力へと変換され、今まさに解放されようとしている。
空気が振動し、周囲の聖女たちが本能的に後退した。

「お疲れ様。間に合ったみたいよ」
気を失ったゼルロズを空中で拾い上げると、マルジナは神獣の元から退避する。

凝縮された神気が、蒼天をも鳴動させていた。
これこそが、聖女王の真の力――天墜。
獣魔を討つために編み出された、究極の法力術式の発動が始まろうとしていた。

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王国の栄光
大型の銃型ブリッツが、ヴィゾアの体を包むように淡い光を放つ。 銃身内部の神気導管が螺旋を描き、周囲の神気を貪欲に吸い込んでいく。 空、海...

コメント

  1. 聖剣の目隠し乙女 より:

    聖女は神気を周囲から供給できるが、膨大な神気を必要とする神獣は集気法のように周囲から神気を取り込めないのだろうか?
    神々に「不死」と呼ばせるには膨大な神気を供給し続ける必要がある。
    ガルズレムの弱点である法力 神獣は自らの命に届きうる力を感知<神々は神気を法力に変換できなかったのだろうか。
    法力で神獣を殺せるならアズトラの宝剣で封印する必要が無くなる。
    七章で見せ場が無かったパルゼア無双!神獣の大質量も通さない。
    翼に頼る飛行。重い神獣は神気だけでは浮遊出来なかった模様。
    皆が天墜に繋げるヴィゾアの主人公感。
    アズトラの宝剣は再封印に用いるのか?
    ゼタリリアから返還された4振りと海中から引き揚げた描写が無い2振り。
    神獣戦前にヴィゾアが我が物として振るうと想像していた。

    • akima より:

      神獣は内なる神気がたくさんあるのでそれで戦ってる感じですね。
      ずーっと自動回復スキルを使いっぱなしの恐ろしいヤツです。
      法力は神々ももちろん使えます!
      ただ、それありでもパワー負けしちゃったという…。
      ヴィゾアは神器を手にして、ついに自分が万能になったと実感しております。

  2. 匿名 より:

    ゼルロズはパルゼアが攻撃を受け止めている間、ずっと法力をためていたってコト…!?
    すごい揺れそうw

    • akima より:

      そうなります☺
      ゼルロズはパルゼアに全幅の信頼をおいているので、無念無想で法力を集中させていました。

  3. 匿名 より:

    今日は更新ないんかーーーーーーい!
    待ってます!

  4. 匿名 より:

    パルゼアTUEEE!!!
    神獣ラッシュを受け止めてる!
    ゼルロズも翼をぶった切って活躍を見せましたねー
    さて天墜は当たるのか?

    • akima より:

      ディフェンダー最強のパルゼアさん、神獣にも力が通じています。
      ゼルロズも活躍を見せました。
      このまま飛ばれるとかなりヤバイです。
      海上要塞も街も守れません…続きもぜひ御覧ください!

  5. 匿名 より:

    普通BLITZ=大型獣魔の攻撃を単体で受けられる
    神獣でも受けられるようになったと思ったら結晶核のパワーアップは大きい
    融合パワーアップよりこっち方向のパワーアップの方が好きだな

    • akima より:

      防御性能は大きく強化されました!
      直接攻撃はかなりの精度で弾けます。
      攻撃面も強化されていますが、パルゼアはギルゼンスとの戦い後からチーム戦を意識するようになり、ディフェンダー職に専念するようになってます。
      なんとなく融合パワーアップはパルゼアが受け入れなさそうだなと思い、この形になりました。