瞬く間に燃え広がる炎は、穏やかな日常を飲み込み、黒煙が空を覆い尽くす。
かつての賑わいは消え失せ、街全体が悲鳴で覆われた。
試作機では到底太刀打ちできない獣魔の群れ。
それを相手に、家族と街の人々を守るため、命を賭して戦い続けた母。
――夢など見ている暇はない。
ユゼルテスのまぶたが、わずかに震える。
――あなが残した勇気と誇りを……今この場に…
かすかな呟きとともに、彼女はゆっくりと目を開けた。
「あ、ユゼ姉!気がついた!?」
今にも泣きそうな顔でファズニルが覗き込む。
船の上に用意された寝台の上で、ユゼルテスは横たわっていた。
腕と脇腹が痛む。
見るまでもなく、骨折しているのがわかった。
「う…く…っ!」
「寝てなってば!無理だよ!」
なんとか上体を起こすと、眼の前に広がっているのは戦場だった。
三方向から総攻撃をかける聖女たちと、迎え撃つ神獣。
ガルズレムの攻撃を受け続け、パルゼアの盾型ブリッツは変形していた。
結晶核が小さな火花を起こしている。
マルジナのバフを受け、猛攻を仕掛けるルジエリ。
神獣の足元ではアムネズが大型の刃型ブリッツで奮闘していた。
「出るぞ」
「冗談でしょ!?腕がバキバキに折れてるんだよ!?」
ユゼルテスの左腕は包帯と棒で固定されていた。
ガルズレムの翼による打撃で上腕骨がへし折れたのだ。
「問題ない」
「ああっ!ちょっと!」
甲板を蹴ると、ユゼルテスは神獣に向かって飛び立った。
悪態を付きながらファズニルが追う。
初めて神に選ばれた聖女――ゼタリリアは四肢を失ってなお戦い続けた。
それをユゼルテスは知っている。
腕の骨折ぐらいで退がるわけにはいかなかった。
神獣はヴィゾアの天墜によって腕と半身を失い、アズトラの宝剣によってその再生能力を封じられいた。
それでも全身から放たれる威圧感と、規格外の戦力は依然として聖女たちの脅威だった。
傷を追った神獣はより激しく、怒涛の波状攻撃を仕掛ける。
「ンの野郎ッ!」
大鎌型のブリッツが唸りを上げる。
幾度斬りつけたか、もうゾティアスにもわからなかった。
――仇も取れねえのかよ!
心中で叫ぶ。
友と師を失い、多くの仲間も散っていった。
絶望と無力感がゾティアスの体を支配し始めていた。
「闇雲に攻めるな」
「あぁん!?」
ゾティアスは振り返らない。
いつも冷静なこの声の主を、よく知っているからだ。
「私がカタを付ける。ゾティアス、お前は隙を作れ」
「なんだと!? 隙って、お前、簡単に言いやがって!」
怒鳴りながらも、ゾティアスは体内に法力をめぐらせた。
静かで大胆、それでいて的確に攻める。
グレイザの他にただ一度も組手で勝ったことがない、ユゼルテスの実力をゾティアスはある意味信頼していた。
「ファズニル。チャンスは一度だ。いいな」
「ンもおお~わかったッスよ! やってやるッス!」
目の端に涙をためてファズニルは上昇する。
澄んだ空気の中で、ユゼルテスは大槌型のブリッツを振り上げる。
結晶核が法力に反応したのを確認すると、鉄槌の聖女はガルズレムに向かって急降下した。
日は沈みかけていた。
淡い光を放つゾティアスの体には、纏閃に必要な法力が満ちていた。
「オラァアアアアアアッ!」
閃光とともに放たれた大鎌による横薙ぎの一撃は、ガルズレムの膝部分を大きく斬り裂く。
ゾティアスの纏閃により、神獣は体勢を崩す。
再度立ち上がろうとする神獣の膝部分に黒い物体がふたつ、凄まじい勢いで突き刺さる。
「くっふふ…じっとしてなさい」
半身を血に染めたギルゼンスが浅瀬で不敵な笑みを浮かべる。
徹甲弾型のブリッツは外皮を貫き、神獣の骨を砕いていた。
バランスを失い、浅瀬に手をつくガルズレム。
「おおおおおおおッ!」
全身に張り巡らせた法力を、ブリッツに集中。
対象に触れた瞬間、すべての力を炸裂させる。
グレイザの纏閃を想起しながら、ユゼルテスは大槌を振り下ろす。
その速度はファズニルの加勢によってさらに上昇していた。
巨大な戦槌が光の軌跡を描きながら、神獣の頭部へと叩きつけられる。
地鳴りのような響きをともなう衝突音。
それは雷鳴をも凌駕する破壊の響きだった。
衝撃波が同心円状に広がり、大気そのものを震撼させる。
神獣の硬い頭骨が、粉々に砕け散っていく。
時が止まったかのような静寂。
ガルズレムの巨体に満ちていた神気が、頭部からゆっくりと失われていく。
怒りも憎悪も、もはや戦場にはなかった。
神獣の巨体が崩れ始める。
だが、それは激しい崩壊ではなかった。
まるで長い眠りにつくように、ガルズレムはゆっくりと黒い霧へと姿を変えていく。
硬質化した外皮が風に舞う花びらのように舞い散り、翼が煙のように薄れていった。
かつて海を割り、空を震わせた巨大な爪も、今は儚い影のように消えゆくばかりだった。
黒い霧は風に運ばれ、夕暮れの空に溶けていく。
それはまるで、長い苦しみから解放された魂が、ようやく安らかな眠りに就くかのようだった。
海面に落ちた最後の黒い雫が、小さな波紋を描いて消える。
古の時代から続いた長い物語が、静かに幕を閉じた瞬間だった。
残されたのは、穏やかに凪いだ海と、西の空を染める優しい夕陽の光。
そして勝利の喜びよりも深く、言葉にできない寂寥感だった。
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コメント
神獣戦・完結!
レイドバトルのようで楽しめました(。•̀ᴗ-)✧
1つ気になったのですが神獣が消えたことで獣魔もいなくなるのでしょうか?
新たに生まれることはないのか、それとも別の個体から分裂したりするのか?
法力が神獣や獣魔を倒すために授けられたものだとしたらその力も失ってしまうのか?
ありがとうございます!
まさにレイドバトルでした☺
神獣が消えても獣魔はまだ残ったままなんです。
新たな個体については…不明です。
法力が失われると獣魔とも戦えないので、まだ聖女たちは力を持ったままになります。
綺麗にまとまったなという印象。
ただユゼルテスの包帯は腕がバキバキに折れてるようには見えない笑
そこは今後の発展に期待かな。
ガルズレムの散り方はずいぶん尺を取ったなという感想です。
人語を話すわけではないから仕方ないのかもしれないがあまり何を考えているのかわからないラスボスだった。
なんとか倒すところまで書けました☺
包帯は…そうなんです、あまり痛々しくもしたくはなかったので。
難しいですね。
ガルズレムは長い時を経て、やっと休むことができたのでしっかりめに書きました。
狙いは作中で明かしたつもりですが、ちょっとわかりにくいですかね。
火花を散らすパルゼアの盾型ブリッツは防御した時に暴発すると危険。
耐久限界を見越して敵に叩き込むタイミングで結晶核が都合良く爆発するなら高威力を見込める。
人間的な感情をよく見せる様になったゾティアスは後輩に稽古をつける良い先輩になりそう。
両膝を潰して巨体を支える為に手をつかせたのは大きい。鉤爪の脅威が減る。
神獣戦遂に決着。
槌、斧は他作品では不遇な扱いを受けがちだが、強大な獣魔に重い決定打を打てるユゼルテスは世界観に愛されている。
結局神獣は行使力を使わなかった。
元々使えないのか、不死と獣の能力以外に神気を割く余裕がないからか。
神々は神獣に一対一で挑んだから倒されたのか、眷族を率いて神器で総攻撃をかけても敵わなかったのか。
神々と御使いが法力を込めて削り続ければ、体の各部を削いで追い詰められそうに思える。
聖女より対人戦の速度と予測に長けていても、神獣の攻撃速度は避け切れない。
攻撃を当てても怯まない神獣相手では御使いと神々の精度に優れた火力は相性が悪い。
神々同士はそれ程協力体制を築いていない。
神獣より別勢力への対処が優先されているみたいなので、少数戦力を逐次投入した可能性。
アズトラでさえ封印するしかなかった神獣を完全に仕留め切ったとしたら、聖女の功績は大きい。
むしろ「対獣魔に特化した戦力」として天啓を与えられたとも考えられる。
結晶核はもう少しで爆発するところでした。
そうなるとパルゼアもただではすまないのですが、体にピッタリくっつけて使ってるわけではないので大丈夫かな。
ゾティアスは地味に活躍してくれました。
もうひと伸びするはず!
神獣の再生能力こそが行使力ですね。
あと飛翔にも使われています。
体重を考えると物理的には飛べないはずなので。
他の神は基本、一対一でした。
複数で戦えばもちろんチャンスはあるのですが、ガルズレムも戦いは避けるはず。
アズトラでも一対一では勝てなかったので、アズトラ単体より聖女20人ぐらいの方が強いということにはなりますね。
お母さんのエピソードを挟むのはアツイ。それでこそ命がけで守り抜いたかいがあったというもの。ファズニルのバフありとはいえ一撃粉砕は強烈。それだけヴィゾアや他の聖女たちが削ったおかげなのか。ゾティアスは一線級にはまだ及ばないかもしれないけど今後もっと強くなりそう。面白かったけど聖女それぞれの活躍場面が少なかったのが不満かな。もっと人数を少なくしてもよかったと思うけどそれだと神獣が弱く見えるのか。
あまり語らないですが母への想いは強かったり。
ファズニルもかなり決着に貢献しました。
バフは大事。
活躍場面は…たしかに一人ひとりは少なかったかもしれません。
見せ場は作れたと思うんですけどね。
5人とかで倒せちゃうと、ちょっと弱い感じがします。
5人でも多い方ではありますが…
『授かったのは――獣魔を滅ぼす力。』
最強最大の獣魔を滅ぼした、タイトルは変更されるのだろうか。
ガルズレム以外にも獣型の神がまだ他にもいる、あるいは敵側の神とその眷属が獣魔を強化、又は融合して新種の強力な獣魔を生み出して対獣魔の物語として続いていくのか。
三大神ですら為し得なかった「不死の神殺し」を達成した聖女達は、最終的には「対神々の戦」に至るものと思われる。
獣魔を滅ぼす力なのですが、それをどう使うかは——
というところですね!
神々の戦いに人間が巻き込まれるのはたまったもんじゃないですが、聖女さんチームならいけるかな?
他の神々もまだいる&獣魔も全滅してない、ということで不穏な感じは続いたりします!
ついに決着!
ユゼルテスが最後をキメましたねー
エルゼナグ戦でも大活躍だったので納得はできます
ただ…パルゼアたちがもっと活躍してほしかったかな
8章はあとエピローグでしょうか
ユゼルテスは最初から強い聖女でしたが、これで最強候補となりました。
エルゼナグでも実質とどめを刺したみたいなところはあります。
パルゼアたちはそこまで目立ちませんでしたね。
あと、エピローグも書いております!
ユゼルテスは出世に興味がないだけで最強格なんですねー
読み直すとメインストリーの中に回想シーンがあったり他の聖女より優遇されている気がする(笑)
アムネズも個別のエピソードがはさまれていたけど神獣戦では全然活躍しなかったな
出世というか政治に全然興味ないですね。
実力で突破するのが正しいと思ってますので…
リガレア帝国寄りの感覚です。
アムネズは活躍させる場がなかったですね。
デカイ獣魔は得意ではないですし。
鉄槌の聖女から”神を斬獲せし者”に!
げきあつ!
神をも倒した聖女として伝説になりますね☺
獣魔が現れて対向勢力として聖女が登場、強大な獣魔を倒しながら最後は元凶となった神獣を倒す。
物語としてはそれほど難解ではなくてむしろ理解しやすかったと思います。
ただ上でも言われていますが登場人物が多すぎたのかな。と。
それぞれの掘り下げも一応はあったものの感情移入のしづらさはありました。(グレイザ除く)
なにはともあれエピローグも楽しみにしています。
大筋はシンプルにしたつもりなのですが、枝葉を広げすぎましたかね。
一度、メインストリーを少人数でまとめて、そこから派生させるほうが良かったでしょうか。
群像劇にどうしても憧れてしまう…
登場人物を半分ぐらいにしたらもう少し理解しやすかったかもしれません。
エピローグも頑張って書きます!
書き手の中では獣魔や天獣との融合=邪道で結晶核での強化=正統なパワーアップという位置づけだったのかな。パルゼアとユゼルテスは融合を受け入れなさそうとは思います。
邪道ということでもないのですが、聖女の正統進化って感じではないかな?
もう別の存在になっているというか。
パルゼアやユゼルテスは人間の力を信じている部分もあり、なかなか採用しないと思います。
人間として強くなるのにこだわりがあるんでしょうか?
個人的には獣魔や神を内側に入れるのを受け付けない気がします。
天啓で神の力をGETしたけどそれは不可抗力だし。
それもありますね。
獣魔や神の力に頼らなくても戦える、という自信があるというか。
でもまあ、天啓による念動力がないと戦えないぐらい非力なので、天啓後に自信を持つようになった、って感じです。
ヴィゾアが死んだ後も淡々と戦い続ける聖女たち・・・しかし最後はリガレア&ヴァルネイ勢で仕留めているので振り返る時間もなかった。そもそもが感傷に浸っているとすぐに死にそうな状況ですがね。
もちろん何も感じていないわけではないんですけどね。
眼の前の神獣を倒すのに必死だったというところです。
nano-bananaって知ってますか?今話題になっている画像生成モデルです。キャラクターの固定力が段違いなので聖女ブリッツのような衣装が凝ったキャラクターでも再現できます。これを上手く使えばアキマさんがやろうとしてるマンガ化も夢じゃないのでは?
最近話題ですよね!
気になっているのですが、まだ使えてないんです。
モデルを指定できないとか。
横からの構図とか、朝を昼、夕方に変えたりもできるんですよね。
聖女たちの衣装もそのままキープできたらめっちゃ嬉しい…
それこそ漫画が作れるかもしれませんね。
それはそれでまた勉強が必要ですが…
ユゼルテスはパルゼアと同格ぽく書かれたりやけに持ち上げるなーと思っていたんですが最後にも活躍しましたね。エザリスはヴィゾアやジオッド、ヴァルネイはグレイザやユゼルテスが大活躍しました。そう思うとリガレア勢は地味だったかも。
実際、ユゼルテスはパルゼアと同格の聖女なんです。
ユゼルテスは権力に全然興味がないんですけども。
リガレアは…要所で活躍させたつもりですが、ちょっと描写が地味だったかもしれませんね。
3大獣魔や天獣と融合したヴァルネイ、エザリスの女王に対しパルゼアはブリッツの強化のみ。
同様のブリッツ強化は各国の聖女に対しても行われる。
個より集団、軍としての強さでは技術力が高いリガレアが抜きん出るとしても最近はリガレアの扱いが低く感じる。
トップのパルゼアがユゼルテスと同格となるとなおさら可哀そうになってくる。
ギルゼンス、ユゼルテス、アムネズ、グレイザ、ファズニル…ヴァルネイ勢に活躍が偏っている。
リンカージェやルジエリ等、初期の頃は最強クラスに思えたキャラは扱いに格落ち感がある。
主役回の七章と大詰めの八章、連続して地味な立ち位置が続いたリガレアに華々しいイベントが欲しい所。
パルゼアはディフェンダーということもあり、チーム戦に重きをおいてますね。
自分が守ってロズタロトが牽制、オーゾレスやマルジナがバフってゼルロズがとどめを刺す、的な戦い方を早くから採用してました。
個人の力で正面から獣魔を倒すのは現実的じゃないと考えているというか…リアリスト寄りです。
ユゼルテス自体はヴァルネイの元首でもおかしくないぐらいの強さなので、パルゼアが格落ちはしないかなと思って書いてますね。
割とヴァルネイ勢が活躍することが多かったなと反省です。
エルゼナグも三大獣魔の最強格だったしなあ。