ある晩、ギルゼンスが眠るベッドに養父が潜り込んできた。
いつもはやさしい養父の息が荒い。
体をまさぐられながら、自分に欲情していることを受け入れられないでいた。
恐怖で全身がこわばり、声も出せない。
行為はどんどんエスカレートしていく。
まだ15歳になったばかりのギルゼンスには抵抗のしようがなかった。
養父の体は大きく、押しのけることはできない。
痛みと不快感に苛まれながら、耐える日々。
実の母は助けるどころか娘に嫉妬し、嫌悪していた。
自分の男を誘惑した女としてしか見ていない。
ヴァルネイ共和国の山間部にある閉鎖的な村では、誰かに相談することもできなかった。
すがるものを持たないギルゼンスは村唯一の神殿で、神に祈るしかなかった。
慧神イオクスを祀る神殿では、相反する考えや存在を拒絶するのではなく、自らのうちに取り込み、理解することを旨としている。
虐待を繰り返す父を理解することが、果たしてできるだろうか。
親としての努めを果たさない母を許せるのだろうか。
疑問は大きくなっていく。
「何か悩んでいることがあるのかな。私に相談してごらん」
毎日熱心に祈りを捧げるギルゼンスに、司祭は優しい声をかけ肩に手を置いた。
いやらしく、舐め回すような目つき。
鼻息が荒い。
————この男も養父と同じだ。
ギルゼンスは絶望し、感情を失った。
神頼みすら彼女には許されないのだ。
愛し合っていたはずの母と養父は、いつしか言葉を交わすことすらなくなっていた。
一体何が罪なのか。
なぜこうなったのか。
虐待から2年余りが経過したある晩、ギルゼンスは天啓を受ける。
自室のベッドでうずくまっていた自分の心に広がる、やわらかな光。
全身に暖かい波動が伝わっていくのを感じた。
己の内にある光が収まった後も、ギルゼンスは天啓がもたらす多幸感にひたっていた。
その時から彼女の世界は変わった。
目を閉じていても、身の回りで起こっていることを認知できた。
彼女の感応力は聖女の中でも別格だった。
50メートルも離れた人の動きが手に取るようにわかる。
庭にある薪割り用の斧は、ギルゼンスの腕力では持ち上げるのもひと苦労だった。
だが、天啓を受けた後なら念動力で自由自在に動かせた。
試しに飛ばした斧は高速で回転し、物置の壁に突き刺さった。
ビィィン、と音を鳴らして斧の柄が揺れる。
何かを決意するように大きく息を吸った後、ギルゼンスは家の扉を開いた。
「そこにいたのか、ギルゼンス。服を脱いで私の部屋にきなさい」
粘質な声。
居間の入り口に養父がもたれかかっている。
じっとりとした目線をギルゼンスの胸元に投げかけていた。
母は居間の奥にある長椅子に座ったまま、うらめしそうにギルゼンスを睨んでいる。
「家族は仲良くしなくちゃ、ね」
つぶやきながらギルゼンスは、人差し指を天井に向ける。
ふわり、とふたりの体が浮かび上がった。
「ん? うわっ、なんだ?」
「ちょっと、な、なんなの? ギルゼンス、あなたがやっているの? 降ろしなさい!」
かびくさい部屋に浮かび、狼狽するふたり。
今やその運命はギルゼンスの手の内にあった。
空中でふたりを引き離し、高速でぶつけ合う。
肉が衝突する、鈍い音がした。
んぎっ、という短い悲鳴を上げながら母の鼻から血が噴き出す。
養父の顔面は血に染まっていたが、どちらの血かはわからない。
「んな、なにを……」
何が起こっているのか理解できていないようだ。
折れた前歯が床に落ちる。
ギルゼンスは再びふたりを引き離し、高速でぶつけた。
何度も、何度も。
何度も、何度も。
「ギ……ウ……」
「や……やめ……」
血まみれのふたりが呻いている。
ふたりがお互いを拒絶せず、自らのうちに取り込み、理解するには何が必要か。
「良い方法を思いついたのよ」
ギルゼンスは空中に差し出した手を、ぞうきんを絞るようにねじった。
ぼきぼきぼきっ、めきごきっ。
無理矢理に骨がねじ切られ、押し出された息が喉を鳴らした。
噴き出した鮮血が天井と床を真っ赤に染める。
養父と母だった肉の塊は、空中でねじられ、ひとつになっていた。
あれほど冷え切っていたふたりが、今は完全に混ざり合っている。
偏りもなければ、衝突することもない。
「嗚呼、なんて美しいの」
ギルゼンスは身をよじらせて快感に打ち震える。
膝ががくがくと痙攣した。
自分を一方的に虐げてきたふたり。
それを圧倒的な力で弄ぶ。
引き裂くのも、ねじ切るのも、すべて思いのままだ。
失われた感情が、歪んだ形で彼女のもとに戻ってきた。
ギルゼンスは絶頂の中で狂ったように笑い続けた。
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コメント
ギルゼンスも不幸な生い立ちとはいえ、歪んだ悪役として破滅する未来が容易に想像できます。
それまでに相当引っ掻き回して苦しめられる事でしょうが。
一番厄介なのは搦め手に長じた、人間というモンスターですね。
かなり不幸ではあるものの、もとからの歪みもあったり…と複雑なキャラです。
でも結構お気に入り…
どう進んでも幸せにはなれなさそうですが、そういった人生もあるのかなと。
獣魔は意外とシンプルで、人間の方が邪悪かもしれません。
私が書きたいのもそういう部分ですね。
そっか。かなりファンキーな性格してると思ってたんですがこんな過去があったんですね。重い。続きが気になります。ギルゼンスが何をしようとしているのか。どうやって一国のトップになったのかも知りたいです。黒いことをしてそう。おやすみに入るのである程度は書きためておいてくれると助かります。
元からちょっと変わった人なんですが、いろいろな出来事のせいでああなったんです。
環境が良ければ善人にもなり得たか…というと難しいところですけども。
国家元首に成り上がっているので、その辺りも簡単に書きたいと思っています。
年末年始に少しでも進められるように頑張ります!ありがとうございます!
ギルゼンスは能力は傑出していますが、国家元首に上り詰める程の支持と人望を集められるか疑わしい部分があります。
まあ、善人を装う事が簡単だったり、同様の欲深い権力者達がひしめいているので上手く取り入り出し抜く才能が抜きん出ていたのでしょう。
「人はしばしば邪悪に魅せられるが、俗悪は我慢する事が出来ない」とはよく言ったもので、卑劣な人間の集団より真っ向勝負の獣魔の方が余程魅力を感じられます。
そのうち知性を持った武人系獣魔も出て来るのでしょうか。
かなり怪しいうえに暴力的というか、すぐ排除しようとするので怖い人という印象ももたれていますね。
でも弱った人の心の隙間に入り込むのもうまいというか、ワルい教祖タイプです。
実際に聖女としての能力も飛び抜けて優秀なのがたちの悪いところですね。
人格はやや破綻しているというか、狂気多めなんですが、人間ってこういうところあると思ってます。
「エルフェンリート」という作品の特殊能力や、残酷で歪んだ世界に希望や優しさを求める世界観が似ている気がします。
【見えざる手】により人間を容易く捻じり切る、機関銃の弾丸が利かない、拾った物を高速で投げつけ遠く離れた相手を殺傷する、人間では為す術がない一方的な戦力差。
TVアニメのOP【 Lilium 】の恐怖さえ感じる様な美しさが「聖女BLITZ」のテーマ曲に合う様に思います。
そうなんですね。
オープニングテーマも一度見てみます!
YouTubeの Elfen Lied EP #01 では念動力vs射撃兵の一方的な戦闘を見られます(4:02~7:30)
おお~念動力と射撃。
参考になりそうですね。
ありがとうございます!
言い忘れていましたが、※【グロ注意】&微エロ注意です。
厳密には念動力では無いものの、念動力で人体を破壊し銃弾を防ぐ映像としてイメージしやすい作品です。
幾つかある曲では【Lilium – Elfen Lied / 町田ちま(Chima Machita) Cover】の映像と歌が綺麗です。
なるほど~
ありがとうございます!
念力系って意外と少ないですね。
目に見えないから描写しにくいのかな。
養父ということはママゼンスは再婚しているということでしょう。ちなみにギルゼンスは相当な美女なのだと思いますが両親のどちらに似たんでしょうか。もし母親似ならママゼンスも美女ですよね?
ママゼンス笑
ギルゼンスは母親似で作中でも屈指の美女、なのでママゼンスも美女です!
養父も若いころはちょっとキザな伊達男でした。
日に日に女らしくなっていくギルゼンスに目移りしてしまい…
という感じです。