海上の決闘

南から暖かい風が吹く、エザリス王国の国境上空。
空は晴れ渡り、小さな雲が点在していた。
海面が光を返してキラキラと輝く。

聖女皇ギルゼンスは白いドレスをはためかせて滑空している。
すぐ後ろから強い法力を感じていた。
ギルゼンスの飛行速度についてこれる聖女は、そう多くはない。

分厚い雲をくぐった先で、腕を組んで待ち構えている聖女がいた。
肩のあたりで切りそろえられた黄金の髪。
持ち主の勝ち気な性格を表している、鋭利なバイザー。
聖女王ヴィゾアの腹心であり、王国屈指のシューターであるベルナズだった。

「よお。王様がひとりでお散歩か」
「そんなところね。あなたは寝てなくていいの?」
獣魔マナグロアとの戦闘でベルナズは法力を使い果たしていた。
3日が経ち、ある程度の回復はできたものの、まだ本調子とは言えない状態だった。

「問題ねえよ。それよりウチに何の用だ?」
ベルナズはバイザーの奥から睨みつけた。
エザリス王国が襲撃を受けたこと。
少なからず犠牲が出たこと。
何故か、ギルゼンスはすべてを把握している様子だった。

「あら、同盟国でしょ? 近くに来たから寄ってみただけよ」
エザリス王国、ヴァルネイ共和国、リガレア帝国は同盟を結んでいる。
しかしそれはあくまで表面上の話であり、それぞれの国はお互い警戒しあっている。
一国の元首が護衛も付けずに国境あたりをうろつくなど、通常は考えられない状況だった。

「こそこそと何を調べてやがる。ザクネルを殺ったのもテメエだろう」
「うふふ。何のことかしら」
ギルゼンスは大げさに肩をすくめると、喉を鳴らして押し殺すように笑った。
心底楽しくて仕方がない、濡れた薄い唇がそう語っている。

「ウチの司教を殺られて黙ってられるかよ。ただ、国同士の争いにするつもりはねえ。ここで決着をつけようぜ」
ベルナズは自身の周囲に4機の銃型ブリッツを展開させた。
それぞれの銃口はギルゼンスの頭部に向けられている。
ふたりの距離は5メートルほどしか離れていない。

「やる気満々ね。良いわ。お望み通り、一対一で勝負してあげる」
言い終わる前にそれぞれの銃口から砲弾が放たれる。
轟音が生ぬるい空気を震わせた。
上半身ごと消し飛ばすつもりで撃ったベルナズは、高速で砲弾を回避するギルゼンスの影を視た。
ぼやけた影の中でもニタニタと笑う白い歯だけははっきり確認できる。
回避とほぼ同時に、ベルナズに向かって銃弾が飛んでくる。

「ケッ!スピードで俺様に勝てると思ってンのかよ!」
連続で撃ち出される銃撃をかわし、撃ち返しながらベルナズは高度を上げる。
感応力が及ぶ範囲には雲しかない。
しかし、ギルゼンスからはベルナズの位置が手に取るようにわかっていた。
50メートルという規格外の感能範囲からは誰も逃れられない。

「変態女が…さっさと出てきやがれ!」
ベルナズが高速で滑空する。
感応力が及ぶギリギリの範囲に黒い影がかすめた。
同時に4機のブリッツで影を撃ち落とす。
その正体はギルゼンスが操る速射砲型のブリッツだった。

「お見事。降参よ」
雲の切れ目から両手を上げたギルゼンスが姿を見せた。
鮮血がこめかみから頬にかけて赤い筋を作っている。
ギルゼンスの周囲にはまだ3機のブリッツが浮遊している。
それぞれが陽の光を受けて銀色に輝いていた。

――弾丸がかすったのか?
傷は浅いようだ。
あの女が降参などするわけがない。
油断させて残ったブリッツで撃つつもりか?

ベルナズは考えをめぐらせ、追撃を躊躇した。
その瞬間、背後に得体のしれない不安感が漂った。
とっさに移動を試みるが、一手間に合わない。

「あっ……がっ……!」
背後から放たれた銃弾がベルナズの脇腹を貫通した。
鮮血が噴き出す。
いつもなら躱すことなど造作もない。
しかし、眼前のギルゼンスに気を取られすぎていた。
念動力が途切れる。
脇腹を押さえたベルナズの身体は垂直に落下し、海面に大きな水しぶきを作った。

「ギルゼンス様! ご無事ですか」
離れた場所から様子をうかがっていた、すらりとした長身の聖女が呼びかける。
ギルゼンスが負傷しているのがわかると、取り乱した様子で駆けつけた。
手には狙撃銃型のブリッツをぶら下げている。

「ええ。助かったわ、サローザ
頬を伝う血を拭いながら、ギルゼンスがつぶやく。

「あのクソ売女ッ! ギルゼンス様を傷つけるなんて」
聖女サローザは激昂し、拳を握りしめる。
脇腹を撃ち抜いたぐらいでは到底収まらない、激しい怒り。
サローザの放った銃弾はベルナズの感応力が及ぶ20メートルよりずっと遠くから放たれていた。

「いいの。これで世界は調和に近づいたわ。あなたのおかげよ」
ギルゼンスは優しくサローザの細い腰を抱き寄せる。

しかしその意識は海面に向けられたままだ。
しばらく待っても、ベルナズの死体は浮かんでこなかった。

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安定と調和
ある晩、ギルゼンスが眠るベッドに養父が潜り込んできた。 いつもはやさしい養父の息が荒い。 体をまさぐられながら、自分に欲情していることを...

コメント

  1. 匿名 より:

    ギルゼンスが単独で戦うはずがないと思っていたら案の定、伏兵がいましたか。
    本調子ではないにもかかわらず、ヴァルネイのトップと互角以上に渡り合うベルナズは聖女王の腹心に違わぬ手練れですね。
    言葉の汚さを補って余りある戦闘力です。

    • akima より:

      単独で戦っても負けないんですが、労せず勝つということを最優先にしてる感じですね。
      ベルナズはシューターの中でも屈指の実力者で、ヴィゾアとはまた違ったタイプになってます。

  2. 匿名 より:

    ベルナズの紹介を見ましたがトップ3とタメはれる強さなんですか。一対一でもギルゼンスを追い詰められそう。ギルゼンスも名前のリンクが欲しかった・・

    • akima より:

      そうなんです!
      ぶっきらぼうですが実力は3国最強聖女と並ぶぐらいの強さなんです。
      ギルゼンスのリンク、申し訳ないです、すぐリンクしておきますね!

  3. 匿名 より:

    周囲360度カバーし敵意を知覚できる感応力は一見隙が無い様に見えますが、知覚可能な視程が短い為アウトレンジからの射撃に対応し辛い弱点がありますね。
    勘が鋭そうなベルナズも意識の外から撃たれると反応が間に合わない様子が窺えます。
    (不意を打たれれば誰でも弱いし、ギルゼンスに集中して他に意識を割く余裕は無いとも言えます)
    数百メートル離れた距離から狙撃されると聖女でも危ない気がします。
    銃の腕前は普通の人間が聖女と同等以上の戦力を持ちうる唯一の分野では。
    実在の狙撃兵シモヘイヘは法力による弾道修正なしでも「精密性」10オーバーの技術を有していると思われます。

    • akima より:

      狙撃はかなり強力ですね!
      獣魔だと弾丸が小さすぎて大したダメージにならないんですけど、聖女なら有効です。
      正面から戦うとギルゼンスの方がちょっと強いので、ベルナズの意識も外にまで行き届いてなかったんです。
      普通の人vs聖女だと銃はかなり有効ですね。
      念動防御しきれないぐらいの弾丸なら倒せると思います。
      あとは聖女からの反撃に耐えられるかどうかですね。

      • 匿名 より:

        並の銃では念動防御を撃ち抜けず、勝負にすらならないでしょう。
        聖女は固定砲台の様な大型砲を持って高速で上空を飛び回り、砲身を素早く旋回させて狙い撃てるので正面からぶつかれば聖女の圧勝で決まりです。
        「攻撃力」は人間用の携行銃火器が2~4、大柄なフィデア兵士長の斬撃で1.5~2といった所でしょうか?

        • akima より:

          聖女以外の攻撃力を数値で表すのは難しいですね。
          大柄なフィデア兵士長の斬撃、これは人を真っ二つにしているのでかなり威力はあります。
          4ぐらいはあるかも?

  4. 匿名 より:

    ギルゼンスの語る調和とは?
    姿を消したリンカージェとは?
    そして凶弾に倒れたベルナズの生死は一体どうなってしまったのか。
    その謎を探る為、再び読者は読み耽るのだった。
    第1章 聖教国の攻防 完
    撤退は1章、安定と調和は2章として、嘲笑う聖女皇 海上の決闘 はいずれに分類されるのでしょうか?

    • akima より:

      第一章の最後が「嘲笑う聖女皇」
      第二章の開始が「 海上の決闘」
      になります!
      リンカージェの傷もそろそろ治ってるはず…

  5. 匿名 より:

    聖女同士が戦うシーンって貴重ですね。どっちが勝つのか?みたいなのが大好物なのでちょいちょい挟んでもらえると助かります。

    • akima より:

      シンプルですけど気になりますよね。
      少年漫画のトーナメント的な…のはないですが、聖女同士が戦うシーンは今後もあります!