右腕の肘から下は黒く炭化し、ボロボロと砕け散った。
痛みはまだ感じない。
聖女ゼタリリアは自分の体に何が起こったのか、すぐには理解が追いつかなかった。
夕闇に染まりだした、薄暗い海の上。
炎に包まれた怪物の目が自分を捉えている。
突如海から現れた正体不明の怪物は、四足歩行していたことから獣魔と名付けられた。
エザリス王国の軍隊が応戦したが、通常兵器では獣魔を傷つけることすらできなかった。
同時期に貴族の娘であったゼタリリアは、神からの啓示――
天啓を受け、力に目覚める。
念じるだけでものを自由に動かすことができる念動力。
周囲で起こっていることが手に取るようにわかる感応力。
ふたつの力に目覚めた彼女の噂を聞きつけた教皇庁は、国宝であるアズトラの宝剣をさずけ、獣魔の討伐を命じたのだ。
「これは神の啓示なのだ。君だけがエザリスを、いや世界を救えるんだ」
教皇庁の指導者を務める大司教ザクネルは、ゼタリリアの手を優しく握ってそう語りかけた。
その言葉に疑いはない。
ただし、ザクネルの瞳の奥には未知なるものに対する怯えが潜んでいた。
正体不明の怪物と戦わされる羽目になったゼタリリアだが、戦うことに迷いはなかった。
彼女が心から敬愛する女神アズトラの教義は、力なき正義を許さない。
自分が特別な力を授かったのは怪物――後にゲートニグと名付けられたこの獣魔を倒すためなのだろう。
そう理解した彼女は念動力で飛行し、沿岸の街を襲う獣魔の前に立ちはだかった。
繰り出される爪、牙による攻撃を感応力で予見し、回避する。
吐き出される炎は自身の周囲にある大気を念動力で動かすことで、押し返せた。
4本あるアズトラの宝剣を念動力で飛ばして斬りつけ、獣魔ゲートニグに少しずつダメージを蓄積させていく。
このまま攻め続ければ、勝てる。
そう確信した瞬間だった。
ゲートニグは至近距離から強力な炎を吐きかけた。
おそらく千度を超えるであろう、高いエネルギーの塊。
炎の速度は予想を大きく上回り、念動力で押し返す時間など無かった。
右腕の肘から下は真っ黒に焼け焦げ、炭化していた。
心理的なショックは大きい。
しかし、法力さえあれば聖女は手足がなくても戦える。
すぐにそう気づいたゼタリリアは攻撃に専念した。
振り回される腕と炎を避けながら、剣で斬りつける。
その動きを繰り返す中で、ひとつの気づきがあった。
ゲートニグの頭部は棘に覆われていて刃が通りにくいが、人で言う喉のあたりは外皮が薄い。
そのためか、巨大な腕で喉元への斬撃を防いでいるように見えた。
「そこが弱点ね」
ゼタリリアは空中で高速旋回すると、一気に間合いを詰めた。
同時に宝剣の1本を頭部に飛ばす。
ゲートニグが振り払うように腕を上げたその隙に、宝剣を3本、喉元に滑り込ませた。
刃はなんの抵抗もなく、根本まで深々と突き刺さった。
大気を引き裂くような叫び声。
怒りに燃えた目が赤く光る。
今までの斬撃とは違い、決定的なダメージとなったのは確かだ。
しかし、ゲートニグは喉から噴き出す鮮血にも気を止めず、つかみかかる。
「そんな、まだ動けるの?」
不意を突かれたゼタリリアは逃げ切れず、両足と残った左腕をつかまれた。
巨木のような太い指に力が込められる。
念動力で内側から押し返す間もなく、骨がぐしゃぐしゃに砕けた。
「う、あ……ああああああああ!!!」
鋭い痛みが全身を支配し、ゼタリリアは絶叫した。
近づきすぎたことを後悔する暇すらない。
身動きが取れないゼタリリアの目の前で、ゲートニグは巨大な口を開けた。
喉奥が光り、煌々と燃え盛っている。
――ここで死ぬのね。
ゼタリリアは死を覚悟した。
なぜか他人事のように冷静な気持ちで自分の状況を見ていた。
全身にあの炎を受けてしまってはひとたまりもない。
いや、仮に逃れられたとしてもこの傷で生きられるだろうか?
すでに四肢には感覚がなかった。
いや、感覚がないのならいっそのこと――
炎を吐きかけられる寸前。
ゼタリリアは掴まれた左腕と両足を、自ら宝剣で斬り落とした。
四肢を失ったまま、念動力で炎の下に潜り込む。
ちょうどそこは獣魔の喉元だった。
ゼタリリアは死力を振り絞り、宝剣で獣魔の喉を斬り裂いた。
幾度も斬りつけ、ゲートニグの首が千切れそうになったころ。
その巨体がゆっくりと、仰向けのまま海に向かって倒れ込んだ。
念動力を使い切ったゼタリリアも落下していく。
女神アズトラの導きのままに、力を持って正義を成す。
自分は与えられた任務を成し遂げたのだ。
小さな達成感を胸に、ゼタリリアは目を閉じた。
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コメント
読む順番としてはこの記事が一番最初でいいんでしょうか
そうですね、メインのストーリーはここから始まります!
初めてコメントします。
メカクシをした聖女というのが面白い設定で楽しませてもらっています。
渋で見つけて一気に読ませていただきました。
続きも楽しみにしています。
ありがとうございます!
テミス像が有名ですが、目隠しをした女神像というモチーフは結構多いですね。
国内だとあんまり見かけませんが…
ピクシブきっかけで興味を持っていただけたんですね。
続きも張り切って書きます!
ようやくストーリーが繋がりましたね。
通して読むと圧巻です。
四肢を失う重傷を負いながら、ゼタリリアは良く戦いましたね。
義肢を得てからの彼女の平穏を願いたいものです。
気になった情景をパラパラと投下していたのですが、流石に読みにくいなと…
連続して話がつながるようにリンクしてみました。
ゼタリリアは比較的穏やかに暮らせている方なんですが、一発目の勝負が厳しすぎました!
ゲートニクは大型の獣魔に入るのですか?だとしたら訓練もなしでいきなり相打ちに持ち込めたゼタリリアが有能すぎる(女神の剣も強いんでしょうけど)
そうですね。
大型なので聖女単体で倒すのは非常に難しい獣魔です。
ただ、ご指摘どおりアズトラの宝剣が獣魔に対して非常に強い力を発揮できる武器なので、なんとか相打ちに持っていけたというところです。
あと、ゼタリリアも聖女の中では相当上位に来る実力者ですね。
ゼタリリアって聖女の中で何番目ぐらいに強いんですか?ベスト5に入りますか?
ベスト5には入るかどうか微妙なところですね。
10には入ると思われます。
第一章をすべて読ませてもらいました。時系列がわからないのですがゼタリリアがはじめて獣魔を倒してから20年ぐらいたったのでしょうか?娘であるリンカージェが18歳ぐらいだとするとそのぐらいなのかと。
コメントありがとうございます!
確かにわかりにくいですね。
境界の死闘から2年後ぐらいにリンカージェが生まれて、14年後に天啓、その2年後に獣魔の血が覚醒。
そこから動き出すので18~19年ぐらい経過したことになります。
またわかりやすくまとめたいと思いますm(_ _)m
最近渋のアカやけにアクセス増えてませんか?
そういえば…
多い時だと3000ぐらいありますね。
海外の閲覧者が多いみたいですよ。
でもpixivの数字って合ってるんですかね?
Pixivからのアクセスとか分かるものなのですか?
投稿主の方はともかく、第3者から履歴を確認する項目は無い様に見受けられます。
アカウント全体のアクセス数はわからないと思います。
個別の投稿に対するアクセスは第三者でも確認できますので、そのことかな、と。
小説かー漫画だったらなーと思いましたが思いのほか読みやすくて助かってます。明日から休みなので最新話まで一気読みしますねー
ありがとうございます!
まあまあ文字数があるのでまたお手すきの時にでも。
ゼタリリアは物語の中でも重要ポジですよね?
もっと掘り下げた方がいいんじゃないですか。
戦う羽目になった理由4行しかないんだけど。
そうですね、第一話に相当する部分なので回想シーンが続くと退屈かなと判断しました。
またゼタリリアの過去に興味を持ってもらえた人向けに過去編を書いてみます。
目隠しをした美少女のひじが消し炭になるところから始まる物語ってなんなんだよ!?ニ章まで読み進めましたが上の方と同様に人数が多い割に掘り下げが少なく感じます。テンポがわるくなるということを気にされていますがそれなら登場させる聖女を少なくするとか。だれかひとりに主人公をすえて物語を進めるほうがわかりやすさはあると思いますよ。
どこから始まるねんみたいなお話がけっこう好きでして…
まあそれにしてもですよね笑
それぞれの掘り下げについてはもう少し必要だと感じております。
各聖女ごとのサイドストーリーを一話分ぐらいはないと、なかなか感情移入しづらいかなと。
主人公をリンカージェに決めて、教皇庁に復讐する話…でもいいのですが、他にも書きたいお話というか場面がいっぱいありまして。
少しずつ登場したキャラクターたちが後に絡み合っていく、みたいなお話が書きたくて今の形になっています。
読む側としてわかりやすくなるよう、もう少しサイドストーリーなどで補完していきます。
ご意見ありがとうございましたm(_ _)m
ゲートニグ討伐に当たり、宝剣・バイザー・法衣を用意したのは教皇庁ですよね。
美的センスに優れる一方で、背中が大きく開き、お尻を満足に隠しきれていない衣装を着せる。
獣魔襲来をあらかじめ知っていて周到に準備したのか。
聖女用防具をデザインから完成まで大至急行った職人衆が優秀なのか。
全然守れていない気がしますが…
職人の趣味なのかもしれない!
でもゼタリリアも気に入って来てたはずです、きっと。
なのでヨシ!
メインは整理されてる?ようですがサブの物語というか寄り道がたくさんあるようで読みづらいです。いくつか読んでみた感想なのですがいつの時代の話なのかがわからん。獣魔と聖女が登場したころからエザリスが襲撃されるまでが二十年ぐらい空いてるけれどその後は比較的最近の話?
ご意見ありがとうございます!
設定資料というか、メインの話とはまた別の細かい設定なんかも記事にしているのでわかりづらいのだと思います。
とりあえずメインストーリーを読んでいただければ、だいたいこんな話かーというのはわかってもらえる…はず!
その後、「○○ってどうなってるの?」という細かい補足みたいなものをサブストーリーにアップしたりしています。
お時間あればそちらも読んでいただけると嬉しいです。
時系列は
神話の時代
→
獣魔と聖女が登場(プロローグ)
→
18年後、リンカージェがエザリス襲撃(一章)
→
ギルゼンスがエルゼナグ復活をもくろむ(二章)
→
ゾルオネ枢機卿が反乱を起こす(三章)
といった感じになってます!
いやそうではなくて建物とか国とかの設定の話が細かく散らばっているけどどう読めばいいのかわからないという話です。サイドストーリーもどの章に関係する話なのか??
そういうことですね。
建物・国とかのカテゴリは聖女BLITZの舞台を説明するものになってます。
聖女の日常なども世界観を補完するものですね。
なので、メインを読んでいただいてまだ読めそうならサブストーリー、もっと世界観を見てもらえるなら建物や国についてのカテゴリも見ていただけると嬉しいです。
時系列やどの章に絡む話なのかは、また今後整理していきたいと思います!
ある程度読み進めてから戻ってくると相当無茶なことやってるなという感想になります。ゲートニグは大型獣魔とあるので普通なら聖女単独ではどうにもならないわけで。神器と呼ばれる武器を使っていたことを考慮しても上々の戦果と言える。個人的には彼女の次に天啓を受けた聖女が気になります。二番目の聖女も獣魔と戦うことになったのでしょうか。今も生きているのか?
一線級の聖女でも一対一では厳しすぎますね。
アズトラの宝剣があってこその善戦ですが…それでも相打ちでした。
ヴェイダル博士が通りかかってくれなければそのまま、でしたし。
二番目の聖女についても書こうと思ってます!
読み出しを見ると「あれ?これが一話であってるのかな?」と不安なるw
読み飛ばしたように見えるかもしれません笑
でもこれが1話なんです!あってます!
はじめまして。今日から少しずつ読み進めていきます。上でも書かれていますがはじめてこのサイトに来た人向けに案内ページを作るといいかなと思いました。現状は新着記事が大きく表示されているようです。
ありがとうございます!
ご指摘いただきました通り、ちょっとわかりにくい形になっておりまして。
はじめての方向けの案内ページやあらすじもまとめたいと思います。