🌐 Language / 言語
🇺🇸 [English Edition]
🇯🇵 [日本語版]
診療所の窓辺には、小さな杯が置かれていた。
ゼタリリアが毎日使うものだ。
義肢の指でつかみ、持ち上げる。
口元まで運ぶ。
ただ、それだけ。
それでも何度も失敗した。
杯を倒し、水をこぼす。
薄い陶器を割ってしまったこともある。
それでも、ゼタリリアは毎朝、同じ練習を続けた。
ヴェイダルは少し離れた机で記録を取っていた。
海の怪物と戦った少女。
今は、一杯の水を飲むために呼吸を整えている。
その姿を、弱いとは思わなかった。
むしろ、戦っていた時より、ずっと強くなったのかもしれない。
村の時間は静かだった。
朝には漁師が港へ向かう。
昼には子どもたちが診療所の前を走り抜ける。
夕方になると海霧が石畳を濡らした。
最初は遠巻きに見ていた村人たちも、少しずつゼタリリアへ声をかけるようになった。
怪我をした少女として。
それが、ヴェイダルには少し救いだった。
そんなある日だった。
村に、白い馬車が入ってきた。
村には似つかわしくない。
白い外套をまとった男たち。
磨かれた靴と、無駄のない動き。
海風の匂いがしない人間たちだった。

ヴェイダルの目が、外套の胸元へ向く。
金糸の刺繍――見覚えがあった。
ゼタリリアが身につけている衣装にも刻まれている紋章だ。
診療所の前で馬車が止まる。
その頃、ゼタリリアは奥の部屋で眠っていた。
義肢の調整を終えたばかりだった。
ヴェイダルは扉を開く。
「ゼタリリアにご用ですか?」
「いいえ」
迷いのない返事だった。
その一言で、ヴェイダルの胸に冷たいものが落ちた。
男は続ける。
「宝剣を返していただきたいのです」
「宝剣?」
「海で発見された四本の黄金剣です」
声は丁寧だった。
だが、その丁寧さは刃物の鞘に似ていた。
中身を隠しているだけだった。
「彼女の身体は――」
ヴェイダルが口を開く。
男はわずかにうなずく。
「報告は受けています」
それだけだった。
沈黙。
それ以上の言葉はない。
生きているのかとも聞かない。
どれほど傷ついたのかも聞かない。
「彼女は、命を落としかけたんです」
ヴェイダルの声が低くなる。
「そうでしょう」
男の表情は変わらない。
「ですが、宝剣は王国にとって重要なものなのです」
妙に静かな声だった。
だからこそ、冷たかった。
ヴェイダルは拳を握る。
少女は四肢を失った。
今も、水を飲むことすら難しい。
夜中に何度も目を覚まし、存在しない指の痛みに苦しんでいる。
それなのに、彼らが見ているのは少女ではない。
剣だった。
「彼女は、あなた方のために戦った」
ヴェイダルは言った。
「誰も立てなかった場所へ、ひとりで向かったんです」
男の眉が、わずかに動く。
「言葉にはお気をつけください」
静かな声だった。
「これは、ザクネル様のご意向です」
ヴェイダルの表情が、わずかに動く。
知らない名ではない。
何度か耳にしたことがある。
女神の言葉を代弁すると言われる男。
だが、その名が出た瞬間、妙に腑に落ちた。
「……そうですか」
ヴェイダルは短く息を吐く。
「では、お引き取り願えますか」
男の目が細くなる。
「ご自分の立場を理解されていないようだ」
「彼女より、宝剣が大事だと?」
少しの沈黙。
男は答える。
「宝剣は、多くを守ります」
ヴェイダルは即座に返した。
「彼女は――その多くを守った」
沈黙が落ちた。
海風だけが通り抜ける。
白い外套の裾が、わずかに揺れた。
やがて男は背を向ける。
「いずれ、正式な話になるでしょう」
その声音は、穏やかで冷たかった。
「正式な話?」
使者は振り返らずに答えた。
「我々も、失ったままにはできません」
波の音が重なる。
そして、最後に静かな声だけが残った。
「取り戻すためなら、相応の手段が取られることになるでしょう」
馬車が去っていく。
音が遠ざかっていく。
ヴェイダルはしばらく扉の前を動かなかった。
その時、背後で義肢の関節が小さく鳴った。
振り返るとゼタリリアが起きていた。
顔色は悪い。
けれど、その目は静かだった。
「……返したほうが、よかったのでしょうか」
ヴェイダルは少し考えた。
そして答える。
「それは、君が決めることです」
「わたしが?」
「少なくとも、彼らが決めることじゃない」
ゼタリリアは黙った。
長い沈黙だった。
その静けさの中で、何かが少しだけ剥がれ落ちた気がした。
信じていたもの。
戦う理由。
あるいは、神の名の向こうにいる誰かへの期待か。
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コメント
この大型獣魔はもしかしてグエイジスくん・・・??
どうでしょう、大型獣魔も種類がありますので…
グエイジスくんがネタ枠になっているような。
海路で来たんでしょうか。獣魔がひしめいている世界で船に乗るのは勇気がいりますねー
そうです!
大きな船で来たんですが海の藻屑となりました…
大型獣魔さん良い仕事しましたね。
第二の巨大獣魔現る!俄かに信じがたい急報を受け、首都バトリグに激震が奔った。
教皇庁の使いを名乗る一団が聖女ゼタリリアに詰め寄る。
『聖女様!どうか我ら聖職者を!! …ゴホン。 どうか罪無き善良な民を、無辜なる全ての人々をお救い下さい』
ヴェイダル「手足を失い瀕死の重傷から立ち直ったばかりのゼタリリアは、とても戦える状態ではありません。
彼女は、もう十二分以上にその役目を果たし終えました。どうかお引き取りを」
使者『神に身を捧げ奉仕する事こそ、全ての信徒の義務であり喜び。
聖女は栄誉ある役目を授けられた事に感謝するべき立場。
教皇庁より下された神の言葉に従うのは、当然ではありませんかな?』
自らの発言を神の権威と言わんばかりの使者達に、言い知れない怒りと吐き気を覚える。
その後、ゼタリリアの身を案じたヴェイダルは彼女と共に姿を消した。
教皇庁の人間は自分たちのことしか考えてないんですよね。
ゼタリリアのことよりアズトラの宝剣のことばかりで。
大型獣魔はたまたま居合わせたのか、誰かがけしかけたのか…
四肢を失いながらも獣魔を倒した原初聖女の殉教性は、信者を扇動する上で都合の良いプロパガンダに使われそうなものだが、教皇庁の振る舞いは政治性を無視した焦りと短絡さが目立つ。
かと言って都合の良い広告塔に祭り上げられても、人間性と配慮を欠いた扱いでは不幸なまま。
次の聖女が見出される前に教皇庁は宝剣をどう運用するつもりだったのか。
第二の聖女はエザリスには現れない。
早くも大型獣魔が海路に現れ猛威を振るい、聖女は過少、ブリッツが登場する以前のこの時期が最も厳しかったのでは。
そうですね、頼みの綱の聖女も行方不明に…
無事かと思いきや戦える状態ではない、と聞いて早々に切り捨てた教皇庁。
魔導兵器に搭載するなど、宝剣は他の使い方をするつもりだったのかもしれません。
小型獣魔ぐらいなら魔導兵器で追い返せたんですが、大型が来ると総戦力でも倒せないし、人々は避難するしかなかったですね。
相応の手段に関する下劣な描写があれば、リンカージェの復讐に大義ができる。
しかし聖女達が従うまで無関係の村人を虐殺する様な、自称神の代弁者にありがちな行為が行われた場合、止めに入らず逃げ隠れするとリンカージェ側の正当性が損なわれる。
教皇庁が報復を受けて胸がすく思いをするに足る、下種な「相応の手段」が復讐に至る過程に出てくると良いですね。
時間はありますので教皇庁が兵を差し向けて、村人を守るために戦い、さらに傷ついて…
という事件を描くのもいいのですが、話を前に進めてみました!
掘り下げようとして設定が増えがちなもので笑