聖女リズレウは幼いころから教会で暮らしていた。
両親は戦争で死んだらしい。
エザリス王国では身寄りのない子どもたちが教会に集められ、アズトラ教徒たちによって育てられる。
教皇庁が公的な扶助の一環として行なっている施策だ。
あてがわれた部屋は寒く、子どもたちは身を寄せ合って眠っていたが、リズレウはそれを不幸とは感じなかった。
風雨をしのげる屋根があり、粗末とはいえベッドもある。
温かいご飯が食べられる。
それがいかに有り難いことか。
リズレウは日々、女神に祈りを捧げ、教会の仕事を積極的に手伝った。
どんな些細なことでも良いから恩返しがしたい。
その一心だった。
15歳になったある晩、眠れず寝返りをうっていたリズレウは柔らかい光に包まれる。
その光が何なのか理解できなかったが、不思議と恐怖はなかった。
天啓。
天からのお告げ。
女神アズトラによって選ばれた彼女は、法力を得て聖女となったのだ。
————
「いいかい。これは君にしか頼めない。国を守るための戦いなんだ」
彫りの深い、端正な顔立ちが優しげにほころぶ。
アズトラ教の大司教であるザクネルは、白い華奢な手を両手で包みながら語りかけた。
冷えた空気が聖堂全体を覆っている。
聖女としての力を認められたリズレウは、教皇庁を守る聖女隊の一員に抜擢された。
それ以来、ザクネルの身辺警護だけでなく、秘密裏に教皇庁の任務もこなすようになったのだ。
リズレウは喜びに打ち震えた。
幼い頃から自分を育ててくれた教会は、アズトラ教によって運営されている。
教皇庁はその中でも最重要とされる機関なのだ。
女神から授かった力で、育ててもらった恩を返すことができる。
彼女にとってこれ以上の生きがいはない。
必ず司教たちの期待に応えると心に誓った。
リズレウは黄金に輝くナイフを腰に差すと、月明かりを頼りに歩き出した。
————
「間違いない。ヤツが身につけていたものだ」
豪華なベッドに腰掛けたザクネルは、受け取った首飾りを朝日に照らして確かめた。
侮辱の笑い声が漏れる。
小さな宝石があしらわれた首飾りは、教皇庁と敵対していた男の血で濡れていた。
「おいで。君はエザリス王国の誇りだよ」
ザクネルは歪んだ笑みを浮かべたまま、リズレウの体を抱き寄せる。
そのまま慣れた様子で胸元に手を滑り込ませた。
「愛しているよ。本当だ」
耳元で囁かれた言葉には何の抑揚もない。
しかしその声ですらリズレウには甘美に響く。
紛れもない愛の福音だった。
「ザクネル様————」
恍惚の表情を浮かべたまま、リズレウは返り血で重くなった服を脱ぎ捨てた。
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コメント
ザクネルくんカスすぎて草
良いところもあるんですけど…
基本ひどいやつです。
独裁国家では、まともな発言をする有識者が政治犯として処罰されていきます。
教皇庁と敵対していた男はエザリスに有益な人物だったのかもしれません。
敵対勢力こそがまともだったかもしれない!
となるとリズレウは片棒を担がされたことに…