理想と支配

バルコニーに差し込む太陽の光が、法王ディメウスの法衣を輝かせ、
彼の姿を威厳に満ちた彫像のように浮かび上がらせた。

その背後には聖女皇ギルゼンスが腕を組んでたたずんでいる。

「ディメウス。あなたの語る自由と調和の社会なんて、しょせん夢物語に過ぎないの」
ギルゼンスの低い声が静寂を切り裂く。

「私は戦場で何度も見てきたわ。人間がどれほど自己中心的で、醜い存在かを。自由を与えれば争いが起こり、調和など永遠に訪れない。この私が統治することで争いの種を摘み、初めて秩序を守ることができる。それが現実世界における平和なのよ」

法王は微笑を浮かべながら、ゆっくりと振り返る。
その目は穏やかだが、内に秘めた情熱が静かに燃えているのがわかった。

「聖女皇様。たしかに秩序は確かに必要でしょう。しかし、それは権力によって押し付けられるものではありません。人々が自らの意志で互いを理解し、助け合うことこそが調和。他者を抑圧して成り立つ世界は、平和ではなくただの沈黙でしかありません。」

ギルゼンスの唇がゆっくりと歪み、笑みとも愚弄ともつかない形を描いた。
「理想論ね」

彼女は言葉を強調するように一歩踏み出し、細い顎を人差し指でなぞった。

「空虚な理想は人を殺すことになるわ。人間は不完全なもの。自らの意志で調和などとれるはずがないのよ。私ならその不完全さを補い、導くことができる」

ディメウスは微かに首を振り、彼女を静かに見つめた。
「人間は確かに不完全です。しかし、あなたが戦場で見たのは、人間の一側面に過ぎません。人は信じ、共に生きる力を持っています。その希望を奪ってしまえば、平和ではなく絶望だけが残るでしょう」

夕陽が沈みはじめ、影がふたりの間をへだてるように長く伸びた。
沈黙が数瞬、流れる。

「――希望など、戦場では何の役にも立たなかったわ。現実から目をそらさないで」
女王は冷たくつぶやき、振り返ることなく法王の間を後にした。

ディメウスは空を見上げ、そっとつぶやく。
「希望は戦場ではなく、心の中にあるのです」

互いの視点が交わることのないまま、残照がふたりを包み込もうとしていた。

コメント

  1. 通りすがりの絵描き より:

    足の位置に違和感。少なくとも右足はもっと向かって右側にあるはず。フンドシで隠れる位置。

    • akima より:

      フンドシ笑
      だとしたらずいぶんと長いですね。
      こちら、もう少し工夫してみます!
      ありがとうございます。

  2. 聖剣の目隠し乙女 より:

    意見が合わないディメウスを即排除しない辺り、この頃のギルゼンスは有用な存在を認めるだけの理性は残していた模様。
    エルゼナグ戦の頃は綺麗に吹っ切れて仲間として再登場しそうな様子があったものの、聖魔の力を得てからは独裁に振り切ってしまった感があります。
    ディメウス程の人格を備えた指導者はBLITZでは貴重ですね。

    • akima より:

      ギルゼンスとしてはディメウスが正解っぽいこと言ってるなとは思っているのですが、でも実地で役に立たないじゃないか、という気持ちもあったり。
      より強い力を手にするとまた考え方や行動も変わってくると思います。
      その辺りの考察も入れていきたいな、と。
      ディメウスは果たして信用していい人物なのか…!

      • 聖剣の目隠し乙女 より:

        ギルゼンスに刺客を差し向けたのはディメウスだと失敗した時のリスクが計り知れず、互いに妙に動向が分かっている諜報能力と戦力を持つオーゾレスかと想像しています。
        今回のギルゼンスは理路整然と正論を述べていて格好良いですね。
        問題はギルゼンスの統治によって争いの種が増え、秩序が保てなくなると思われる事です。

        • akima より:

          オーゾレスならやりかねないですね笑
          ギルゼンスは強いですが危険な思想の持ち主でもあるので、いろいろと狙われてそう…
          秩序を保つために、タイミングによって力の使い方を変えていかないといけないのかもしれないですね。
          無法状態を制圧するにはやはり力も必要になりますし、かといってそれだけも。

  3. 匿名 より:

    言ってることはディメウスが正しいとは思います。しかしギルゼンスにも言われている通り理想論すぎってか「それができれば 苦労はしねェ!!!」という感想しか出ないかな。

    • akima より:

      理想と現実って難しいですね。
      それはわかってるけど…ってなることは現実でも多いです。

  4. 匿名 より:

    各々にとって何が正義か、何を信じるか?というのはこの作品の大きなテーマだと思うので掘り下げて欲しい。

    • akima より:

      そうですね、何を信じるか?これは信仰という作品のモチーフにこだわっている理由でもあります。
      信じることが大きな力を生む、でも間違ったものを信じてしまったら…
      という感じでいろいろと考えています。

  5. 匿名 より:

    時と場合による・・・じゃあ答えになってませんか(笑)
    掘り下げの物語も全部読んでいます。続きもぜひ!

    • akima より:

      まあ使い分けですよね。
      緊急のときだけ力を使って、それ以外は極力話し合いで、みたいな。
      読んでいただいてありがとうございます!
      五章は今3割ぐらい書けたかな、というところです。
      挿絵となるイラストも用意せねば…

  6. 匿名 より:

    サブストーリーラッシュは一段落かな
    メインの続きも待ってます

    • akima より:

      今のところ一段落ですね!
      マルジナだけあと書きたいなと思ってるのですが…
      でも5章もちょこちょこと書いております!