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🇺🇸 [English Edition]
🇯🇵 [日本語版]
瀕死にあった聖女ゼタリリアを救うには、獣魔の驚異的な再生能力に賭けるしかなかった。
診療所の灯りは、一晩中消えなかった。
海から吹き込む湿った風が窓を叩き、古い木枠をかすかに鳴らす。
外では村人たちが息を潜めていた。
誰も声を上げない。
誰も祈りを口にしない。
あまりにも凄惨な姿で運び込まれた少女を前に、祈りの言葉さえ失われていた。
ゼタリリアは、まだ生きていた。
それが奇跡なのか、呪いなのか、ヴェイダルには分からなかった。
四肢は失われ、全身には獣魔の爪と炎による傷が残っている。
普通の人間なら、とうに命を落としているはずだった。
だが彼女の胸は、微かに上下していた。
細い呼吸。
今にも途切れそうな脈。
それでも、彼女は死に切っていなかった。
本能的に発動させた念動力が、おびただしい出血を抑えているのだろう。
「これが、神々がもたらした力か…」
ヴェイダルは呟いた。
天啓を受けた者。
神気を法力へと変え、念動力で剣を操り、獣魔を討つ者。
人々は聖女を奇跡の担い手として讃える。
だが今、寝台の上にいる少女は、奇跡ではなく肉体だった。
血を流し、熱を失い、痛みに震えながら、それでも誰かに救われるのを待っている、ひとりの人間だった。
ヴェイダル博士は獣魔の細胞を移植することを決意する。
それは、医師としての判断だけではなかった。
船上で採取した獣魔の組織は、死後もなお活動を続けていた。
切り離された肉片の断面が、ゆっくりと塞がろうとしていた。
焦げた繊維の奥で、青黒い細胞が互いを探すように伸び、繋がり、形を取り戻そうとしている。

獣魔の再生能力。
通常兵器を寄せ付けず、聖女の法力を帯びた刃でようやく抑え込める異常な生命力。
それが人の身体に適合すれば、失われかけた命を繋ぎ止められるかもしれない。
同時に、それは人間と獣魔の境界を侵す行為でもあった。
教会なら禁忌と呼ぶだろう。
王国なら記録から消すだろう。
学会なら、結果だけを見て称賛するか、恐れて封じるかのどちらかだろう――
ヴェイダルはそれを理解していた。
理解したうえで、手を止めなかった。
「このままでは死ぬ」
誰に向けた言葉でもなかった。
ただ、自分自身を動かすための事実だった。
「ならば、まだ死なせない」
手術は、十時間を超えた。
ランプの火が何度も小さくなり、助手が震える手で油を足した。
湯は冷め、布は血を吸い、器具は何度洗っても赤く濁った。
ゼタリリアの身体に触れるたび、ヴェイダルは人の脆さを思い知らされた。
骨。
筋肉。
神経。
失われた手足の断面。
そこへ、獣魔の細胞を慎重に繋ぐ。
拒絶反応はすぐに起きた。
ゼタリリアの皮膚が黒ずみ、脈が乱れ、体温が急激に上がる。
獣魔の細胞は宿主を修復しようとしているのか、侵食しようとしているのか分からなかった。
ヴェイダルは法力伝導率の高い金属片を媒介にし、彼女の微かな神気を傷口へ導いた。
聖女の身体に残る神気が、獣魔の再生力を押し留める。
獣魔の細胞が、死にかけた肉体を繋ぎ直す。
神聖と禁忌が、同じ寝台の上で噛み合った。
それは医学ではなかった。
少なくとも、人のためだけに作られた法ではなかった。
――人外の法。
ヴェイダルは覚悟していた。
人間の倫理だけでは届かない場所。
神の教義だけでは救えない命。
獣魔の力を借りなければ繋げない肉体。
そこに踏み込んだ時点で、自分はもう清廉な治療者ではいられない。
それでも、少女の呼吸が止まるたびに、彼は迷いを捨てた。
ゼタリリアの胸が大きく跳ねた。
喉の奥から、声にならない息が漏れる。
黒ずんでいた傷口に、青白い光が薄く走った。
次いで、獣魔の細胞が暴れるように蠢き、裂けていた組織を強引に繋ぎ合わせていく。
助手が悲鳴を上げても、ヴェイダルは目を逸らさなかった。
これは救済なのか。
それとも冒涜なのか。
答えは、彼女が生きてから考えればいい。
やがて夜が明けた。
窓の外が薄い銀色に変わるころ、ゼタリリアの呼吸は安定していた。
失われたものは戻らない。
手足は戻らず、傷も完全には消えない。
それでも、命はそこに残っていた。
十時間を超える手術の後、ゼタリリアは一命を取りとめた。
それが正しかったのか。
他に方法はなかったのか。
彼女を人として死なせるべきだったのか――
ヴェイダルには答えを出せなかった。
国を背負い、四肢を失ってまで得体の知れない魔物と戦った。
そんな彼女の気高い意志に惹かれ、救いたいと思ったのは事実だ。
人として。
医師として。
目の前の命を見捨てたくなかった。
しかし、同時に彼は知りたかったのだ。
獣魔の細胞が、人に適合するのかを。
聖女の神気が、獣魔の再生力を制御できるのかを。
神が与えた力と、神に背くような生命の力が、ひとつの身体で共存しうるのかを。
その問いは、救命のために必要だった。
けれど、必要だったからといって、純粋だったわけではない。
ヴェイダルは血に濡れた器具を見下ろした。
夜明けの光が刃に触れ、赤黒い影を落としている。
彼はゼタリリアを救った。
同時に、越えてはならない境界へ最初の一歩を刻んだ。
この手術が、いつか聖女の武器を変える。
いつか人と獣魔の境界を揺らす。
いつかリンカージェという名の少女に、祝福とも呪いともつかない血を残す。
その未来を、まだ誰も知らない。
ただヴェイダルだけが、薄く震える自分の手を見つめていた。
救いたかった。
知りたかった。
その二つの感情が、彼の中で分けられなくなっていた。
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コメント
過疎ってて草
よくこんなんで続けられたな
そうですね、始めてからしばらくはアクセスゼロでした。
数人、とかでもなく本当にゼロ。
でも書きためていたので投下していくしかなかったんですね。
続けていくうちにぽつん、ぽつんとコメントを貰えるようになって…初期からコメントしていただいている方には頭が上がりません。感謝しかないです。
おおーっ内容が増えている・・・
イラストに釣られてきましたが文章も増えているのがいいですね。
正直ヴェイダルは何を考えているのかよくわからない人でしたが(!)葛藤が読み取れるようになりました。。
獣魔の再生能力と再生を止める聖女の方力のせめぎあいが熱いです。
また見ていただいてありがとうございます!
そうなんです、プロローグがさっぱりしすぎているな、と気になっていたので…
イラストとともに内容を厚くしました。
ヴェイダルがどういう人なのかももう少し掘り下げたいな、と。
結構大事なキャラクターなので…。