森の中に、小さな広場がある。
古い石造りの祭壇が並び、昼でも少し薄暗い。
風が吹くたび、葉がすれた。
母に相談したい時は、決まってここだった。
家では言いづらいことも、父にはまだ話したくないことも。
この場所なら、不思議と言えた。
ゼタリリアは静かに空を見上げている。
海風が金髪を静かに揺らしていた。
リンカージェは少し迷う。
何から話せばいいのか分からない。
けれど、昨日から胸の奥が落ち着かなかった。
「昨日……礼拝堂で」
ゼタリリアが顔を向ける。
次の言葉を静かに待っている。
リンカージェは深く息を吸った。
「光が降りてきたの」
言葉を探す。
「あたたかくなくて……冷たくて。それで――」
少しためらう。
「小石が浮いたの」
沈黙。
森の音だけが響く。
ゼタリリアに驚いた様子はなかった。
ただ、小さくうなずく。
「そう」
その声は静かだった。
まるで最初から分かっていたように。
「……わたし、聖女になったのかな」
少し間。
「たぶん」
ゼタリリアは静かに立ち上がった。
「少し、試してみましょうか」
ゼタリリアは足元の小石を拾った。
懐から取り出した白い布で目隠しをする。

リンカージェが首をかしげる。
「それだと前が見えないよ」
ゼタリリアの口元が、ほんの少し緩んだ。
「ええ、見えないわ」
そして小石を差し出す。
「投げてみて」
「え?」
「遠慮しなくていいわ」
リンカージェは少し迷った後、軽く小石を投げた。
あさってのほうを向いたまま、ゼタリリアの義手が迷いなくそれをつかんだ。
リンカージェが目を丸くする。
「えっ?どうやったの」
もう一度。
今度は少し速く。
またつかむ。
動きにまったく迷いがない。
ゼタリリアは小石を手の中で転がした。
「見えてはいない」
静かな声だった。
「でも、少し分かるの」
風が吹く。
葉が揺れる。
「気配とか――」
少し考えて。
「次に起きることとか」
リンカージェは目を瞬かせる。
「未来がわかるの?」
「そんなに便利じゃないわ」
やさしく微笑む。
「少しだけ、よ」
森の空気が静かに揺れた。
「今度はあなたの番ね」
母に言われるまま、リンカージェは目を閉じた。
風にゆれる葉の音。
遠くの海鳥の声。
ゼタリリアの穏やかな息づかい。
それらは最初、ただの音でしかなかった。
そして、真っ暗な視界の中で次第に像を描いていく。
「これは……!」
言いかけたリンカージェは反射的に空中で何かをつかんだ。
目を開ける。
手のひらの上に乗った小石が見えた。
ゼタリリアがうなずく。
「選ばれたのね。あなたも」
そういって地面に目を落とす。
どこか悲しげな微笑みを浮かべたまま。
物を動かすだけではなく、目を閉じていても周囲の気配がわかる。
リンカージェは自らに備わった新たな力に打ち震えた。
同時に。
胸の奥で、何かがざわつく。
森が静かすぎた。
風の音。
葉擦れ。
鳥の羽音。
そして、もうひとつの何か。
――見られている。
リンカージェは振り向いた。
森の奥、木々の隙間に。
黒い何かが、いた気がした。
大きい。
人ではない。
瞬きをした時には、消えていた。
「……誰かいる」
ゼタリリアは少し首をかしげた。
目隠しをしたまま、意識をめぐらせる。
「誰もいないわ。さあ、帰りましょう」
リンカージェは青ざめたまま、答えなかった。
ただ、森の奥から何かがまだ見ている気がした。
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