見違えたものだ――
ある夕暮れ、ラージェマは村はずれの丘に立ちながら、輝く田畑と人々の笑顔を眺めていた。かつては崩れそうだった家屋が修繕され、広場では子どもたちが走り回っている。
青年たちが倉庫に道具を運び込み、年寄りが指示を出している光景も見える。
私の力を借りることなく、自らの手で未来を築けるのなら――人間も救うに値する存在かもしれない。
ラージェマの胸の奥に小さな光がともる。
ただし、その影にはひそかな迷いも揺らめいていた。
そして、和やかな光景の中には、不穏な気配が混ざっている。
村長ゴルベルトをはじめ、昔ながらにラージェマや神の奇跡だけをあてにし、働こうとしない一派だ。
彼らはいまだに「苦労は御使いさまが解決してくれる」と豪語し、オルフィンたちの営みを「無駄な努力」と決めつけていた。
ある日、ゴルベルトは怒声をあげながらオルフィンに詰め寄る。
「てめえ、余計なことばかりするんじゃねえ!結局は村を乗っ取ろうって魂胆なんだろ?神の力を借りりゃ、一瞬で村は潤うんだ。せっかくラージェマ様が来てくださってんだから、ぜんぶやってもらえばいいんだよ!」
ゴルベルト派の村人たちもオルフィンを取り囲み、にらみつけた。
オルフィンはゆっくりと首を振る。
「ゴルベルトさん、これ以上、頼りきるばかりの生き方を続けるわけにはいきませんよ。自分たちの力で生きていけるようにならなきゃいつか本当に滅んでしまう。これからは――」
「そんな理屈、誰が望んでんだ? おまえが村を好き勝手に牛耳るための偽りの理屈だろうが!」
ゴルベルトは腰にさしていた小剣を抜き放つ。
にごった光を宿した刃には、人々の恐れと怠惰が映り込んでいた。
松明の火がゆらめく。
赤い炎がはまるで生き物のように踊り、山道に不気味な影をうつしだしていた。
ラージェマのもとに現れたのは、ゴルベルトが率いる村人たちだった。
肩を上下させ、
荒い息を吐く。喉がかすれ、湿った音が漏れるたびに、苦しげな気配が周囲に漂っていた。
「はあはあ…ラージェマ様。お願いがあります。守り神としてこの村に残ってくだせえ」
ぬかるんだ地面に膝をつき、ゴルベルトは懇願した。
赤黒く汚れた木箱を掲げている。
ラージェマは感応力をめぐらせようとして、すぐに止める。
その木箱は人間の頭が収まるほどの大きさだった。
「も、もちろんタダとは言いません。こうして贄も捧げます。ですから、どうかこの村に――」
異変を感じ、ゴルベルトはのどを押さえた。
まるで凍りついたように声が出ない。
振り返ろうとしたゴルベルトの首に大きなヒビが入る。
村人たちの身体は氷の彫像と化していた。
巨大な大剣が空を裂き、鋭い刃鳴りが響き渡る。
砕けた愚かな彫像たちは一瞬で塵となり、空中で淡くきらめきながら静かに消えていった。
冷たい輝きだけが空間に残る。
人間の成長を見守る――そんな価値が彼らにあるのか。
ラージェマは自らに課せられた使命に疑問を感じていた。
深い青に染まった、静かな空を仰いでつぶやく。
「あまりに空虚な魂ばかり。イオクス様――それでも、手を差し伸べろと仰るのですか」
天に向けた問いかけは、虚空の広がりに吸い込まれていく。
星々は何の応えも示さず、ただ遠く輝いているだけだった。
NEXT↓

コメント
ラージェマからすると、人が、葉っぱを運んでるアリを見てるようなもの?
それに近い感覚かもしれません。
あまり感情移入してないですね。
ラージェマも静観して後悔する位なら、ゴルベルトの様な予想通りの屑の芽を摘み取っておけば良いのでは。上位者としては。
ラージェマは特に後悔はしてないですね!
やっぱりこうなるのか…という感じ呆れているというか。
オーケーそろそろ回想を切り上げて本編を進めようぜっ!
ちょっと過去編3話は長すぎました、反省。
宗教が生まれる前の世界がどんなものだったかを描写したかったのですが、サブストーリーで補完すべきでした。