かつて凶悪な獣魔エルゼナグの襲撃を受け、集落のほとんどが灰と化した。
だが、人ならぬ存在――神の御使いラージェマが天獣たちを率いてエルゼナグを地下神殿に封印して以来、人間たちの暮らしは少しずつ落ち着きを取り戻していた。
ラージェマは世界を巡り、残された人々に最低限の救いを与えながら、またどこかへと去っていく。
そんな噂話が絶えず語り継がれていた。
ある日、ラージェマはひとつの村を訪れる。
かつては豊かな麦畑があったはずの土地は、荒れ放題のまま何も手入れされていない。
その中央にある村長の屋敷だけは一際立派で、傷みこそあるが、ほかの家屋に比べればまだましな様子だ。
ラージェマの姿を見つけるやいなや、村長ゴルベルトは小走りで出迎えた。髭が立派な大柄の男で、汗をかいた顔には媚びへつらうような笑みが見える。
「おお、御使い様!よくぞお越しくださいました。ぜひ奇跡を授けていただきたいのです。この村は長いこと復興できずに苦しんでおりまして……。どうか、あなた様の力で新たな生活を築かせてください。そして、もしよろしければ、我々の守り神としてずっとここにいていただけませんか?」
ゴルベルトの声には誇張しすぎた熱意があふれ、周囲からも同調するような歓声があがる。
しかしラージェマのまなざしはひどく冷ややかだった。
「おまえたちは、自分たちで村を再興しようとは思わないのか? 私にすがってばかりでは、いずれ同じ過ちを繰り返すだろう」
ラージェマは低い声で告げる。
困惑の色を浮かべながら、ゴルベルトは動揺したように口を開いた。
「い、いえ……それはもちろん、自力でやりたい気持ちもありますが……。しかしこの状況なのです。神の御使い様の奇跡が必要ではありませんか。どうか、お力を……」
ラージェマは思わずため息をつく。
ここまで露骨に奇跡を頼まれるのは珍しくもないが、彼を取り囲む村人たちの視線は明らかに“自分たちだけでは再興できない”と訴えているようだった。
かつてラージェマは同じような声を数え切れないほど聞いてきた――だが、どれも長続きはしなかった。
救われても、また甘え頼りきって破綻を迎える。
それが今の人間社会の姿なのだろうか。
そんななか、一人の青年が人垣をかき分けてラージェマのもとへ進み出た。
名をオルフィンという。
まだあどけなさの残る顔つきだが、意志の強そうな瞳が印象的だった。
彼はラージェマに深く頭を下げる。
だが、その表情には媚びへつらうような色はない。
「ラージェマ様、お願いがあります。村を立て直すための“知恵”をお貸しいただけないでしょうか。もし方法さえ教えていただければ、わたしたちは自分たちの手で村を再興してみせます!」
ゴルベルトは驚き、横から口を挟む。
「おまえ、なにを言っているんだ? 自分でやれるわけがないだろう。そんなことをするより、御使い様に直接やってもらうほうが早いじゃないか」
しかし、オルフィンの瞳は真剣だった。
「いいえ、誰かにすべてを任せるのでは、人は成長しません。ラージェマ様の封印によって、わたしたちは一時の平穏を手に入れた。でも、その先は自分たちで道を切り拓かないと、またいつか獣魔のような脅威に怯えるだけの暮らしに戻ってしまうんです!」
ラージェマはその言葉に一瞬、まなざしを曇らせた。
だがすぐにうなずく。
「――よい。ではおまえに教えよう。川から水を引く方法、耕作に適した土地の選び方、そして集落を守るの手立てについて……少しばかり助言しよう」
ゴルベルトがいぶかしむような顔をするのをよそに、オルフィンとラージェマはそうして一日中話し合った。
それから数年――。
オルフィンを中心とした若者たちをはじめ、老若男女が力を合わせ、荒れ果てた村は少しずつ形を取り戻していった。
まずは川から水を確保するための水路を作り、農地を切り開いて作物を育てる。
羊や山羊を飼い、牧畜で家畜を増やす。
村の外れには防壁を築き、武器を整えて当番制で見張りに立った。
そして住居の修理や交易の再開、次世代への教育――。
祭りを行うことで村全体が一体感を取り戻し、活気に満ちた景色が戻りつつある。
ラージェマは大きくは干渉しなかった。
だが、困難に直面したオルフィンが助言を求めるときだけ、ほんのわずかな道標を与えることはあった。
その結果、村は神の奇跡というよりも、自らの努力によって美しく復興していったのである。
しかし、表向きは笑い声や活気が戻ったかのように見えても、そこかしこに潜む影は拭いきれぬ不穏さを孕んでいた。
夜の闇が深まるにつれ、人々の間に言いようのないざわつきが広がり、互いを警戒する視線が交錯していた。
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コメント
ゴルベルトがダメダメ過ぎる・・
オルフィンが不幸になる未来しか見えない。
次の更新は早めでお願いします。
いつの世にもダメダメなやつはいるもので。
オルフィンみたいな青年もいるのですが。
次回更新は明日です!
一見オルフィン達が村を正しく発展させている様に見える一方で、ゴルベルト達は己の権益を脅かす存在と見なしてオルフィンを排除して成果だけを奪い取る。
人間に嫌気が差す代表的な側面ですね。
良い部分も見てきたはずが、いくら教え導いても無駄とばかりに醜い争いを繰り返す。
似た様な失敗にウンザリしているなら、全てを台無しにする輩を予め始末しておいても良さそうなもの。
読者視点と異なりラージェマの経験を以てしても、卑しい妬み嫉みを見抜けないものか?
最後の御使いとされているラージェマですが、「御使いとの邂逅」 では聖女が女性の御使いを発見しています。
聖女の時代では御使いが複数訪れる様になっている?
特に法律や倫理なども機能しづらい時代なので、ゴルベルトみたいな人間がいるのも仕方ないかなとは思います。
自分さえよければ、という考え方になりやすいですよね。
ラージェマは今度こそは…やっぱダメか。
みたいな経験をたくさんしていて、その都度神からの命令にも疑問を感じています。
しかし神は何も答えてくれず…という。
最後の…という記載ありましたっけ…
ご指摘どおりで、御使いとの邂逅で女性の御使いもちらっと登場しております。
今後登場予定!
御使いは数体いるのですが、聖女に比べるとかなり少ないですね。
「神去りし地」神が残した最後の御使いだと、古い伝承で語り継がれている存在 <
この時期のヴァルネイ地方にはイオクスの御使いは一人しか把握されていないのだろうと読んでいます。
ラージェマが人に絶望した理由と過程も大事ですが、やはり聖女が活躍する部分をより早くボリュームを多く読みたい!
聖女の物語を期待して一般人男が出て来ると「なんだモブ男か…」少なからずテンションが下がります…なんて本音は失礼で言えない!
そうですねこの地方ではラージェマだけです!
神が去った後に残った御使いですね。
ちょっと過去編が長すぎました!
反省しております…
ラージェマのキャラストーリーにあたる回想シーンだと思うんですけど御使い誕生の話とかではないんですね
そうですね~
御使いの謎についてはもう少し後で…
御使いはまだ数体おりますので。