「よいしょ、っと」
青髪の聖女がのんびりとつぶやいた。
鈍い衝撃音。
巨大な白い盾が、獣魔の爪を真正面から弾き返す。
海沿いの街道に重い音が響いた。
獣魔が怒り狂ったように牙をむく。
屋根に届きそうなほどの巨体。
だが次の瞬間――
黒い大剣が背後から振り下ろされる。

一閃。
獣魔の身体が、斜めに滑るように裂けた。
崩れ落ちる。
青髪の聖女が、ぱちぱちと拍手する。
大剣の主は小さく息を吐き、額の汗を拭った。
日に焼けた褐色の肌。
ひとつに束ねた長い金髪。
白い目隠し。
その顔立ちは整っているが、どこか鋭い。
「ふう……これで最後ね」
剣についた黒い血を払う。
「小型とはいえ、これだけ集まると面倒だわ」
「最近さぁ、休みなくない?」
青髪の聖女が空を見る。
「……そうね」
褐色肌の聖女が短く息を吐く。
その周囲にはいくつもの獣魔の遺骸が転がっている。
いずれも一太刀で斬り伏せられていた。
「おかげでウチらは大忙し。恩賞が増えるわけでもないのにねえ」
「あら、ずいぶん俗っぽいこと言うのね」
「ヴィゾア様の盾となり、剣となって王国を守る。それがウチらの仕事だってのはわかってるけどさぁ」
「少しは褒めてほしい、ってところかしら」
「まぁね。人知れず、命を張って戦ってるんだよ?アンタは何にも思わないわけ?」
沈黙。
褐色肌の聖女がうなじの髪をはらった。
「気持ちはわかるけど……私たちには愚痴を言うヒマもないみたい。ほら、来たわ」
「へいへい。もちろん働きますよ。王国のため、民のために、ね」
青髪の聖女がわずかに鼻を鳴らす。
巨大な盾が、音もなく浮かび上がった。
視線の先には、いくつかの鳥のような影がある。
ただし、鳥にしては大きすぎた。
遠目にもわかる硬質な黒い外皮。
赤く燃える目。
奇声を上げながら飛んでくる。
ふたりの聖女は同時に剣と盾を構えた。
空を飛ぶ獣魔が急降下の体勢を取った、その時――
爆発音。
閃光とともに空が裂けた。
獣魔の翼が次々に吹き飛ぶ。
黒い巨体が海へ落ち、水柱を上げた。
「――ベルナズ。ずいぶん遅かったわね」
褐色肌の聖女の声には呆れが混じっていた。
「ケッ!俺は弱者に用はねーんだよ」
ふたりの聖女のはるか上空で、少女が立っている。
肩で切りそろえられた金髪が潮風に揺れる。
華奢な身体の周囲には、四つもの火砲が浮かんでいた。
「雑魚散らしなんざ、お前らふたりがいれば余裕だろ?」
「ほーん。ウチらの実力は認めてるってことね」
「ふん。俺の前座程度には、な」
音もなく地面に降り立つと、ベルナズは悪態をつく。
小型の獣魔が相手では、力をもて余す。
彼女は何より刺激を求めていた。
「あなたの御大層な力が必要になる時が来る」
「あぁん?回りくどいヤツだな。ハッキリ言えよ」
「最近さぁ、増えてるでしょ獣魔の数。これからもっと忙しくなるかもよ」
青髪の聖女が水平線に顔を向ける。
頭上にはどこまでも突き抜けるような青空。
なのに、水平線にはどす黒い積乱雲がじっと息を潜めていた。
「ケッ!上等じゃねーか。雑魚には飽きてんだ。どんな大物が来ようが俺がブチのめしてやる。お前らもせいぜい盛り上げろよ」
ベルナズが歪んだ笑みを浮かべる。
褐色肌の聖女は海の彼方へ視線を向けた。
逆光に縁取られた彼女の横顔は、ただ静かに来たるべき嵐の予感をたたえていた。
