「……今の音、何?」
詰所の窓が、小さく震えた。
沿岸で獣魔の群れを退けてから数日。
曇り空の午後だった。
ガルフィズは剣の手入れをしていた手を止める。
低い轟音。
雷のようにも聞こえる。
けれど、どこか違った。
もっと重い。
空そのものが、きしんでいるような音だった。
次の瞬間。
扉が勢いよく開く。
「ガルフィズ!!」
見張り台の男が転がるように飛び込んできた。
顔色が悪い。
息も切れている。
「獣魔だ!」
男は震える声で叫んだ。
「空だ!真上に出た!!」
ガルフィズの眉が寄る。
「……真上、ですって?」
そんなこと、あり得ない。
王都は高い城壁に守られている。
空を飛ぶ獣魔への備えもある。
ベルナズのような砲撃型の聖女が迎撃する手はずだ。
それが王国の防衛だった。
「見間違いじゃないの?」
「俺にもわからねえ!」
男は首を振る。
「気づいた時にはいたんだ!空に!」
窓の外。
曇天の向こうに、巨大な黒い影が見えた。
周囲には雷雲。
時折、青白い閃光が走っている。
街の上空だった。
「……っ!」
ガルフィズは立ち上がる。
愛剣を掴み、地面を蹴った。
次の瞬間には、空へ飛び出している。
潮風が頬を打った。
高度を上げる。
そして――見えた。
巨大だった。
龍のような長い胴。
黒く硬質な外皮。
角の周囲で雷が渦巻き、そのたびに空気が裂ける。
放たれた電撃が建物を穿つ。
悲鳴と、爆音。
崩れる屋根。
足元では、市民たちが逃げ惑っていた。
ガルフィズは息を呑む。

「……勝てる相手じゃない」
聖女ひとりでどうにかなる相手ではない。
それだけは、一目でわかった。
舌打ちがもれる。
「チッ……最悪ね」
一瞬だけ迷う。
戦うか、守るか。
答えはすぐ出た。
空を蹴る。
急降下。
「みんな、こっちよ!!」
街路へ降り立つ。
逃げ惑う市民たちへ声を張る。
「大聖堂へ!地下に避難して!!」
動けなくなった老人。
崩れた荷車。
混乱。
ガルフィズは迷わない。
転んだ子どもを抱き上げ、そのまま空へ跳ぶ。
「大丈夫。ちゃんと守るから」
背後で雷鳴が落ちた。
地面が揺れる。
石畳が砕け散る。
――なんだって、こんな時に。
胸の奥で悪態をつく。
聖女の多くは街の外だった。
ザクネルからの指令。
理由は知らない。
ただ、最悪のタイミングだった。
だが、今は嘆いている暇などない。
今いる戦力で、どうにかするしかない。
市民を大聖堂へ送り届ける。
祈り。
震える肩。
それらを見届けたガルフィズは、すぐに空を見上げた。
次に向かう場所は決まっている。
王城――女王のもとへ。
どんな混乱の中でも、ガルフィズが迷わない理由はひとつだった。
ヴィゾアがいる。
あの人なら、必ず答えを出してくれる。
ガルフィズは空を蹴り、王城へ向かった。
その背後で、空を裂く雷鳴が再び王都を揺らした。
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