嘲笑う聖女皇

避難場所である大聖堂の地下室で、ザクネルはため息をつきながらベッドに腰を下ろした。
大聖堂の地下には有事の際に避難所として利用できるよう、最低限の家具と非常食、そして武器が備えられている。

————ここに避難するまでに、何度死を覚悟したことか。
ザクネルは額の汗を袖で拭き、首飾りのチャーム部分を開いた。
中には赤毛の女性が描かれていた。

若き日にザクネルが将来を誓いあった幼なじみ。
しかし彼女は、アズトラ教を布教するための旅路で山賊に襲われ、惨殺されたのだ。

————法がなければ人間もただの獣にすぎない。
あの時からザクネルは法と秩序のみが人を救い、幸福へと導くとの思いを強めた。
そして、布教のためならどんな犠牲もいとわないと決意することになる。

「あら、あなただけ個室なの? いいご身分ね」
不意に薄闇の中から声がした。
蝋燭に火が灯る。
壁際に設置された長椅子に、女がひとり足を組んで座っていた。

「!? ああ、あんたか……。驚かすな」
安堵しながら、ザクネルは上目遣いに女を見た。
やけに艶めかしい声。
妖しく輝く褐色の肌。
ヴァルネイ共和国の聖女たちを束ねている国家元首、ギルゼンスの姿がそこにあった。

「なぜこんなところにいる? どうやってここに————」
「どうだっていいじゃない、そんなこと」
ギルゼンスは伸びをしながら退屈げに話をさえぎった。

「あなたの協力のおかげで上手くいったわ。その御礼に来たのよ」

エザリス王国の首都バトリグが襲撃を受ける数日前。
ザクネルはギルゼンスから依頼を受け、いつもより多くの聖女を海上要塞に配置していた。
結果、バトリグは手薄となってしまった。

「襲撃を受けるなどとは聞いていないぞ! どういうことか説明してもらおう」
相手が一国の元首とわかっていても、ザクネルは怒りを抑えられなかった。
あと一歩で自分の首はリンカージェの大剣によってはねられていただろう。

「わたしも知らないわよ? あの小娘が勝手にやったことじゃない」
くっくっ、と喉を鳴らして嘲笑う。
何もかも狙い通り。
そんな笑みだった。

「司教はみんな死んじゃったわ。戦える聖女もあとわずか。エザリス王国はもうボロボロね」
ギルゼンスは足を組み替えながら、唇を舐めた。

「約束は覚えているだろうな。報酬ははずんでもらうぞ」
「もちろん。カネに宝石、それと女でしょ。ただ————」

暗闇から小さな破裂音が鳴った。
宙に浮く短銃から発射された弾丸が、ザクネルの頭部を貫通する。

「払う気はないわ。……ぷっ、くっくっ」
こらえきれず、笑いが漏れる。
それはやがてけたたましい笑い声となり、血にまみれた石壁を揺らした。

↓NEXT

海上の決闘
南から暖かい風が吹く、エザリス王国の国境上空。 空は晴れ渡り、小さな雲が点在していた。 海面が光を返してキラキラと輝く。

コメント

  1. 匿名 より:

    ザクネルなりの正義と信念は確かにあった訳ですね。それ以上に下衆の評価が高いですが。
    ギルゼンスの調和の正体が怪しくなってきました。
    3国の聖女が協力して獣魔に立ち向かうイメージから、聖女対聖女が本番の様です。
    獣魔の紹介に対して各国の聖女が多く、聖女同士で戦争でもするのだろうか?と薄々想像してはいましたが。
    ギルゼンスの語源が偽善に思えてきます。

    • akima より:

      若き日は正義に燃えていたけど、事件や加齢で歪んでいった感じですね
      聖女BLITZは各々が信じる正義、というものがテーマのひとつで皆何かを信じて戦っていますが、どこか狂っています。
      ギルゼンスはそれが際立ってるキャラですが…
      協力して迎撃、という章もありますがお互い戦う部分もあります。
      そこまで読んでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございます!

  2. 匿名 より:

    やっと悪者が退場したと思ったらもっと悪い人でてきた

    • akima より:

      そうですね。
      ザクネルはしょせん小悪党という感じですが…
      ギルゼンスはいろいろと上手です

  3. 匿名 より:

    このおっぱいで聖女は無理でしょ

  4. 匿名 より:

    PIXIVから来ました。正月はヒマだったもので(笑)一気に読ませてもらいました。テンポがよく退屈な展開もないので楽しめましたが欲を言うとサクサクしすぎな気がします。正直物足りない。あらすじを読んでいる気分です。
    リンカージュは戦う理由もわかりやすく魅力はありますが全然喋らないのでどんな性格なのかいまいち掴めません。これで退場は惜しい。もっと回想シーン?が長くても良かった。雷の竜もそうでせっかく強い敵が登場したのだからもっと引っ張ってもよかったんじゃないの?と思ってしまいます。
    設定にしても宝石だとか金属の採掘方法まで妙に作り込んでいるのに本編では触れずに進んでいきます。テンポが悪くなることを恐れすぎではないでしょうか。
    設定は作り込むがそこには触れずにストーリーは駆け足。何がしたいのか?疑問です。長文失礼しました。

    • akima より:

      ピクシブから!ありがとうございます。
      テンポは最重要視している部分なので、さくさく読めるように気をつけている部分はあります。

      また元々は設定資料から始まっていますので、細かい作り込みがストーリーに反映されていない部分もあります。
      ただでさえ人を選ぶテーマなので造語だらけの設定をストーリーに組み込んで良いものか?
      果たして読んでもらえるのかな?
      と不安を感じている部分はあります。

      メインのストーリーがまずあって、そこからさらに読み込んでいただける方にはサイドストーリー、設定資料を案内させていただく、という形が良いかなと考えています。
      ご意見ありがとうございます!

  5. 匿名 より:

    司祭は死んでも代わりは幾らでもいるだろうと思っていましたが、司教が全員死亡となると確かにエザリスの教皇庁はボロボロですね。
    膿が抜けて少しはまともな人物が昇格するのか、腐敗からは腐った者しか生まれてこないままか。

    • akima より:

      司教がすでに宗教のトップ的な役割なんですね。
      大司教はもっとエライ!
      教皇庁が生まれ変わることはできるのでしょうか。