夜明け前の薄青い空気の中、フィデア皇国にある鍛造工房が慌ただしく明かりに包まれていた。巨大な鉄梁や石材の欠片が所狭しと積み上げられ、工房の周囲には腕のいい鍛冶職人や技師、学者たちが終結している。
ゾルオネ枢機卿の命によって発掘された遺跡の石版をもとに組み上げられた“魔導巨兵”――それは、いよいよ起動の段階を迎えようとしていた。
フォルツとラディエが、工房の奥で向き合う。
フォルツは興奮を抑えられないといった面持ちだった。
だが、ラディエは長いまつ毛を伏せ、不安混じりの眼差しを機体へ向けていた。
そびえ立つその形は、すでに“人型”として輪郭を得ている。
胸部にあたる位置には、宝石のような結晶が据えられていた。
いや、ただの宝石ではない――周囲の神気を収束し、力へ変換する“結晶核”。
かつて神器を模して作られたというこの核心部こそが、古代の叡智の鍵となるのだ。
「まさか、本当にここまで再現できるとは……」
ラディエがつぶやく。
「相当な量の希少金属と宝石を投入したんだ。破産するんじゃないかという声もあったが、ゾルオネ様が資金を惜しまなかったおかげでな」
フォルツは苦笑していたが、どこか誇らしげだ。
多くの職人が数か月の歳月をかけ、昼夜を問わず仕上げた力作――まさに、フィデア皇国の総力が注がれている。
命令を受けた兵士たちが指示に従い、機体を立ち上がらせる。
機体本体は金属と石材が幾重にも組み合わさり、非常に無骨で圧迫感を覚えるほどの大きさだった。
空気が張り詰め、集まった人々の期待と緊張が入りまじる。
フォルツが額に浮かぶ汗を拭いながら結晶核に触れ、静かに起動の符号を唱える。
息をのむ学者たちが見守る中、結晶核の奥底で何かが淡くゆらめくように発光した。
「光った! これが神気の力か…」
技師たちが思わず感嘆の声を漏らす。
次の瞬間、石材と金属の関節がきしむような音をたて始めた。
まるで眠りから目覚めるように、巨体がゆっくりと姿勢を正していく。
高さにして人の数倍――3階建ての建物を越すほどかもしれない。
その様を初めて目の当たりにする兵士たちは、戦慄にも似た驚きを隠せず、思わず数歩後ずさる。
「本当に動いてる……」
軍人のひとりが呆然と口にする。
胸部の結晶核は淡い白光を放ち、足元に落ちる巨体の影と相まって、不気味な光景を生み出していた。
何者かの命令を待つかのように、その頭部らしき部分を微かに動かす。
今初めて“意思”を宿したかのような仕草――しかし、この機体に宿るのは命ではなく、ただ神気という力を満たした無機質な動力。
フォルツはこみ上げる感動を押し殺し、ラディエを振り返った。
「どうだ、まさかここまで動くとは。フィデア皇国の勝利だ!」
ラディエは鋭い視線で機体を見つめていたが、その表情は曇ったままだった。
「まだ分からない。確かに動いてはいるが、制御はどうなる? 命令はちゃんと理解するのか? 我々には未知数の要素が多すぎる」
技師たちが準備した命令書は、古代の石版を参照して最小限の語句を編んだもの。
その通りに動くかどうかは、まさに今確かめるしかない。
フォルツが手のひらに巻かれた小さな巻物を取り出し、機体に向けて高らかに読み上げる。
言葉は古代の呪文をなぞった混じり合う言語。
現代のフィデアの言葉とは異なる響きが、夜明けの空気を震わせた。
すると、魔導巨兵はごとりと片膝をつく。
――どうやら起動符と命令文字列を解釈し、従順の意を示しているように見えた。
大勢の技師や兵士たちから驚嘆の声がわき起こる。
すでに東の空がうっすらと明るみを帯びてきていた。
太陽の光が射す中で、巨大な人形が金属の光沢をまばゆく反射させている。
フォルツは思わず、胸を張って深呼吸をした。自分たちが成し遂げた偉業の重みを、全身で受け止めるかのように。
ラディエはそんなフォルツの様子を横目で見つめ、少し目を伏せる。
(本当にこれでいいのか……。私たちは、あまりにも大きな力を手に入れすぎたんじゃないだろうか)
だが、彼女の不安は熱狂にわく周囲の歓声にかき消される。
かくして、“神気”の力を宿し動く機械――「魔導巨兵」の初陣への道が開かれた。
その圧倒的な力が、やがてフィデア皇国を外敵から守るだけでなく、さらなる侵略を扇動する原動力になるとは、今の誰にも想像できていない。
悲喜入り混じる運命の歯車が、すでに大きく回り始めていたのだった。
コメント
攻められている以上、力関係が覆れば撃って出て敵対勢力はことごとく併呑する。
殺るか殺られるかの時代に敵を殲滅する行為を侵略と非難する現代的な価値観を持ち込むのも如何なものかと。
苦境に立たされていた当時のフィデア人にとっては起死回生の偉業。
プ〇ジェクトⅩの様な盛り上がりを想像します。
追い詰められ禁断の力に頼る状況は少し似ているものの、北の某国とは同一視したくないですね。
女性的な名前のラディエは男達が力に酔っている中、唯一人過ぎた力を懸念している辺りがBLITZの聖女達とは異彩を感じます。
攻められているから…という状況もあり、それを跳ね除けたのでゾルオネ枢機卿は一定の評価を得ました。
その後がよろしくなかったですね。
自衛のためだけでなく、フィデアの民こそが一番、それ以外の土地もフィデアに支配されて当然!
と暴走が続きましたので…
ラディエはかなりクールに物事を見ていますね。
技術の発展を喜びながらも、不安を感じてたりします。
これは時系列としては獣魔が現れる前になる?
フィデアの話だからリガレア帝国ができるもっと前だよね?
そうですね、もう少し前のお話です。
この後、フィデアは侵略戦争を繰り返し、ギサリオを統治します。
その後、パルゼアの父がフィデア兵に殺されてしまい…という風につながっていきます。
侵略の兵器に用いられはしたけど獣魔に対抗する武器にもなったんだよね
そうです!
街の人々をたくさん救ってきた人類側の武器だったりもします。
使い方が大事ですね。