それぞれの正義

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電撃が王都へ降り注いでいた。

空がうす暗い。

昼だというのに、厚い雲が光を呑み込んでいる。

王都北区。

神殿や教会が立ち並ぶ街並みの向こうで、黒煙が立ち上っていた。

時折、青白い閃光が走る。

轟音と悲鳴、そして建物が崩れる音。

空のどこかで、巨大なものが動いている気配があった。

襲撃の鐘が鳴り続けている。

司教たちは走っていた。

法衣をひるがえし、我先に。

目指す先は、大聖堂。

地下には武器庫があり、有事の避難所としても使われている。

「急げ!」

「早く!」

誰も立ち止まらない。

誰も振り返らない。

大司教ザクネルもまた、その列の中にいた。

息が乱れ、額に汗がにじむ。

――聖女たちは何をしている。

いらだちが胸を焼く。

本来なら、街を守るのは彼女たちの役目だ。

民を導き、秩序を保つ。

そのために力を与えられている。

それなのに、この混乱と無秩序。

歯噛みした、その時だった。

「――どこへ行くつもりだ」

静かな声だった。

しかし、背筋が凍るほど冷たい。

司教たちが足を止める。

見上げた先は空だった。

女が、浮いている。

目元を覆う黒いバイザー。

黄金に輝く四本の剣。

風もないのに、髪だけが静かに揺れていた。

その姿は、聖女に見えた。

だが、誰も知らない。

「お、おい!」

司教のひとりが叫ぶ。

「警護につけ! 我々を大聖堂まで――」

言葉は最後まで続かなかった。

黄金の閃き。

次の瞬間、司教の首が宙を舞った。

遅れて身体が崩れる。

血が石畳へ広がった。

誰かが悲鳴を上げる。

ザクネルの思考が止まる。

――敵?エザリスの聖女ではないのか?

「あの剣は……!」

かつてゼタリリアに授けた宝剣。

――どういうことだ?

混乱。

理解が追いつかない。

残された司教の肩をつかみ、突き飛ばす。

ただ必死で走った。

背後で悲鳴があがる。

金属音、足音。

近い――異様な殺気が、すぐ後ろまで迫っていた。

振り向けない。

振り向いたら終わる。

その時、鋭い衝突音が響いた。

「ひっ……!」

ザクネルは転倒した。

恐怖で身体が動かない。

石畳へ這いつくばる。

恐る恐る振り返る。

そこにいたのは黄金の刃を、細身のナイフで受け止める少女。

華奢な身体と白い装束。

震える腕。

それでも退かない。

「ザクネル様!」

その声を、ザクネルは知っていた。

リズレウ。

自分を守る護衛の聖女。

「逃げてください!」

黄金の剣が弾かれる。

だが次の瞬間には、別の刃が迫る。

速く、重い。

斬撃の数も重さも、何もかもが違う。

リズレウが息をのむ。

それでも前へ出た。

「退きなさい」

空の女が口を開いた。

感情の薄い声だった。

「あなたを殺すつもりはない」

リズレウの瞳が揺れる。

それでも、退かなかった。

「退けない」

震える声。

それでも、まっすぐだった。

「ザクネル様は……この国を守ってきた人です」

黄金のナイフが浮く。

祈るように構える。

「私を救ってくれたの」

空の女の眉が、わずかに動いた。

理解できなかった。

なぜ、そこまで信じられる。

逃げてもいい。

生き延びてもいい。

なのに、目の前の聖女は命を賭けている。

誰かのために――本気で。

その姿が、一瞬だけ重なる。

母の姿と。

誰かを守るために傷ついて、それでも立ち続けた人。

剣の動きが、わずかに鈍る。

その隙に、リズレウが叫んだ。

「ザクネル様!!」

ザクネルの身体が止まる。

振り返る。

血、震える肩。

自分を庇う少女。

一瞬。

ほんの一瞬だけ。

足が止まった。

だが、それでも走った。

誰かが秩序を守らなければならない。

自分には役目がある。

ここで死ぬわけにはいかない。

それぞれの正義

リズレウの目に、安堵が浮かぶ。

だが次の瞬間。

黄金の刃が、静かに飛んだ。

迷うひまはない。

リズレウはザクネルを突き飛ばした。

熱と、衝撃。

胸の奥が冷える。

鮮血が白い衣を染めた。

崩れ落ちる。

ぬるい血が、空の女の頬へ飛んだ。

動きが止まる。

目的は王国だった。

腐敗した者、国を壊した者たち。

そのはずだった。

聖女を殺すつもりではない。

少なくとも、こんなふうには。

「……どうして」

思わず声がもれる。

理解できなかった。

なぜ、そこまで信じられる。

なぜ、そこまで守れる。

本当に、それは正しいのか。

自分の方が間違っているのか。

揺らぎと、ほんの一瞬の迷い。

リズレウは震える指を持ち上げた。

黄金のナイフが浮く。

教皇庁から授かった刃。

勝てないことくらい、わかっていた。

ただ、少しでも時間を稼げれば。

ザクネルが逃げられるなら……それでいい。

ナイフが飛ぶ。

甲高い音。

黄金の剣がたやすく弾き返した。

もう、指に力は入らない。

視界がぼやける。

寒い。

それでも、不思議と怖くなかった。

「逃げ…て…ザクネル様……」

リズレウのつぶやきは冷たい街の空気を小さく震わせ、消えていった。

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血まみれの追跡者
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コメント

  1. 匿名 より:

    これの続きはどこにあるんですか

  2. 匿名 より:

    最後までリズレウは幸せだったってこと?納得いかねー

    • akima より:

      全部知っているとやりきれない部分が目立ちますよね。
      でもリズレウ視点だと、保護されて何不自由なく育ててもらい、その恩人たちに恩返しをした上で散っていった形になりますので、幸せだったと思います。

  3. 聖剣の目隠し乙女 より:

    我先に逃げ出した司祭たちに雷撃が降り注ぐ。
    ある者は焼かれ、またある者は倒壊した建物の下敷きとなっていった。
    『見ろ!司祭共がゴミの様だ!』

  4. 聖剣の目隠し乙女 より:

    リンカージェに生じた迷い。復讐への積極性が薄れる説明が不足していたので、重要な描写。
    リンカージェは移動速度も群を抜いているはずが、ザクネルに追いつけない。
    聖女の飛行速度は思った程速くないかもしれない。

    • akima より:

      前はさらっと書きすぎていたので、もう少し心理描写を足しました。
      リンカージェの方が圧倒的に早いし、剣だって投げられるし…
      なんですが、ザクネルは小道に逃げ込んだりとか、王都バトリグの下道に詳しかったんですね。
      リンカージェの感応力範囲は広くないので、撹乱しつつ逃げてました。