街で最も危険な場所と呼ばれる賭博場を、聖女ゾティアスの両親は仕切っていた。
「負けた分は必ず払えよ」
父の低い声が響く中、誰かが床に叩きつけられる音が聞こえる。幼いゾティアスにとって、それは日常だった。
賭場の裏手にある自室の窓からは、いつも荒くれ者たちの怒号や、金を求める声が漏れ聞こえてきた。
母は表向き、賭場の会計係として働いていた。しかし実態は、胴元として客たちから金を巻き上げる手練手管の持ち主だ。
「お客様、もう一度賭けてみませんか?」
母の甘い声に誘われ、多くの男たちが貯金を吐き出していった。
そんな両親の元で育ったゾティアスは、世の中の醜さを早くから知っていた。賭場に集まる男たちの欲望も、暴力も、狡猾さも、すべてを見て育った。
彼女の知る世界は常に欺瞞と悪意に満ちていたのだ。そして、そんな世界に対するゾティアスの憎悪も心のなかでどんどん大きくなっていった。
「へっへへ…おい、お前可愛い顔してんじゃねえか」
14歳になったゾティアスは初めて”獲物”として見られた瞬間を知る。
薄汚い男の手が伸びてくる。
酒くさい吐息が顔を撫でる。その時、少女の中で何かが弾けた。
「気安く触んじゃねえ!」
男の耳をつかみ、鼻っ柱に頭突きをかます。
さらに胸に膝蹴りを叩き込むと、男の悲鳴がもれた。
ボグリ、という生々しい音と共に、男は床に転がる。
肋骨を砕かれた痛みに悶える男を見下ろしながら、ゾティアスは気付く。
自分の中に潜む、制御しがたい荒々しい性質に。
それは賭場を仕切る父親譲りの血なのか、それとも神の悪戯なのか。
ゾティアスは街で最も手に負えない不良少女として名を轟かせていく。
力ではかなわない、筋骨隆々とした男たちには容赦なく刃物を突き立てた。
喧嘩に明け暮れる日々。
「どいつもコイツもつまらねえ。もっと強いヤツはいねえのかよ」
満月の夜、ゾティアスは賭場の屋上で独りたたずんでいた。
街は彼女の足下に広がり、まるで屈服しているようにすら見えた。
虚しさにひたる中、天からの淡い光が彼女を包み込む。
その瞬間、ゾティアスの体に新たな力が満ちていく。
「これは――もしかして天啓ってヤツか?」
神に選ばれしものは聖女となり、念動力と感応力を得る。
賭博場によく顔を出す、いつも酒の匂いがする司祭から聞いていた。
「てっきり与太話だと思ってたのによ。……ん?」
感応力の発現により、頭の中に周囲の様子が流れ込んできた。
押しつぶされそうな、小さな悲鳴。
裏路地で少女が男たちに組み伏せられているイメージが頭の中に浮かんだ。
舌打ちをして駆け出そうとしたゾティアスが地面を蹴ると、体がふわりと空中に浮く。
「あぁん!?なんだよこれ。もしかして…飛べんのか?」
発現したばかりの念動力を、ゾティアスはあっさりと使いこなした。
大きく跳躍し、屋上から飛び降りると裏路地に着地する。
少女の服を脱がそうとしていた男たちは、次々とゾティアスに殴られて吹き飛んだ。
大きく弧を描き、壁に叩きつけられたあと、暗がりのもとで動かなくなる。
悲鳴をあげて少女が逃げていく。
「あっははははは!ザマぁねえぜ!この街からくだらねえゴミどもを消し去ってやる」
ゾティアスは返り血を拭おうともせずに笑った。
彼女は幼いころからゴロツキたちを憎んでいた。
――力に劣る女を下に見る、弱いものいじめしかできないクズども。
貧民街で不当な暴力を振るう男を見つけては、痛めつける。
そんな日々を送るなかでゾティアスはある噂を耳にする。
神に選ばれし聖女たちが戦う、人知を超えた強大な敵『獣魔』のことを。
ゾティアスの唇が、獰猛な笑みで歪む。
「やっと見つけたぜ。本物の獲物だ」
首都ウクトで編成された聖女たちの部隊へと参加した彼女は、今日も戦場へと足を向ける。
大鎌型のブリッツは戦いを渇望して震えていた。
目の前の強敵を、圧倒的な力で蹂躙する。
それこそが、聖女ゾティアスの生き様なのだ。
獣魔の咆哮が戦場に響きわたる。
ゾティアスは大鎌の柄を握り締めた。
バイザーの奥で美しい瞳が、獣魔をとらえて鋭く光る。
「かかってこいよザコども。真っぷたつにぶった斬ってやる!」
コメント
ジェルメトやジオッドに比べるとだいぶ力が入っているように見えるのは気のせい!?
そうでしょうか!?
でもまあゾティアスも勝手に動く系の聖女なので…そうかも!
逆境に抗うでもなく、欲しいままに暴力を振るう側に回り鬱屈した日々を過ごして「神に選ばれる」?
ギルゼンスといい、増々イオクスの調和と選定基準が意味不明な物に。
正しく力をぶつけられる相手が見つかってからの日々が楽しそうで何よりです。
そうなんです、好き勝手やってるし神に選ばれし聖女って感じの生い立ちではないですよね。
イオクスが何基準で天啓を下しているのか。
それとも基準なんかないのか…
ゾティアスは師匠的な聖女と出会うまで好き勝手暴れまわってました。
エザリスにもヴァルネイにもまともな司祭がいない件について
アズトラ、イオクス、ゾルフレッドは神々の中でも特に人気で信仰が厚く、司祭たちも良い御身分でいられるわけですね。
それにしたって賭博場に出入りする司祭ってどうなんだ!
神・天啓・聖女のワードで宗教色を出していますが、神に選ばれるというよりは力を欲する者が自ずから法力に目覚める印象があります。
ヴァルネイの聖女を見ていると、イオクスは【調和】の神は表の顔で、フードの下には【混沌】の邪神の素顔があるのではないかと思えて来ます。
獣魔も他の神々も打倒して全てが己に平伏す調和を目指す、ギルゼンスの有り様こそがイオクスの本心を写す似姿なのでは?
イオクスも他の神も全知全能という感じではないんですよね、実は!
ギリシャ神話ほどファンキーでもないのですが笑
イオクスは特にトリッキーなタイプの神で、3神の中では一番人間を小さなものとしてとらえています。
ギルゼンスの生き方に興味を持っているのは間違いないですね。
カジノの司祭「私は欲の為にここにいるわけではありません。 自らの信仰を試しているのです。 おお!神よ! 今一度、私にダブルアップを!! アー〇ン!」
魔王城の牢屋に捕らわれている司祭「神よ、他の者はどうなっても構わないので、どうか私だけはお救い下さい! ア〇メン!」 信じる心って素敵(笑)
うーむ、まともな司祭はいない世界…!?
やはり人間に権力を与えてはいけませんね笑
第三者機関みたいなのを作らないと、閉じられた世界ではやりたい放題やってしまう…それが人間なのね…
絡んできたオッサンはボコれるので女性としてはかなり力は強い方・・・ってコト?
力は強くないですが、身長が170cm以上あるのとヒザなど硬い部分を効果的に使って喧嘩を仕掛けています。
それでも勝てないヤツには刃物を躊躇なく使います。
狂犬の様に暴れ回りそうなゾティアスが仲間と協力して防衛の勤めを果たしている実情を見ると、ギルゼンスの異常性が際立っている様に思います。
3国の聖女が力を合わせて上手く機能していた防衛圏を頭から否定。
得た力は自分と異なる他者を積極的に排除する為に使用。
本人の有り様からかけ離れた秩序と調和の発言は、侵略とその後の圧政を正当化する方便にしか見えない。
暴力を振るってくる者を沈黙させられる腕っぷしで鬱憤を晴らす事が出来ていれば、ここまで歪む事も無かったのでは。
あるいはゾティアスも天狗になっている所を師匠に修正されたのか?
ゾティアスは聖女の部隊に現れた時は狂犬そのものだったのですが、師匠にこてんぱんにやられて少し改めます。
少しなんですけど笑
でもゾティアスは元から自分より強いものに対しては素直さがあったりします。
ギルゼンスはそういう気持ちは全然なく、自分が一番エライと思ってますね。
ごく一部を除いた他の人間のことを軽く見ていると言うか…神様視点なのかも。
ヤンキーがボクシングを教わってプロボクサーになるみたいな?
なるほど笑
力を持て余した荒くれ者が相撲部屋に入るパターンとか。
やはり元から戦いに向いてる性格っていうのはありますよね。