エザリス王国の首都バトリグ。
かつては街道に商隊が行き交い、官僚や貴族が闊歩する華やかな都だった。
しかし今、石造りの壁には新たな落書きが次々に刻まれ、人々のざわめきが闇を帯び始めている。
――中央政権は危機から目を背けるな!
――教皇庁は何をしている?獣魔はどんどん近づいているぞ
いずれも政権批判を皮肉交じりにつづった文言だ。ちらり、と道行く人々がそれを読んで目を伏せる。
何者かが夜陰に紛れて書き足した落書きは、市街地の壁という壁を埋めつつあった。
やがて夕方の冷えた風が街をなでると、酒場の扉からリュートの音色がもれ聞こえる。
そこに集う男たち、女たち。
吟遊詩人がしみじみとした歌を奏でたかと思えば、いつの間にか語り部へと変貌する。
「獣魔がこのバトリグを脅かしている――だが王であるヴィゾアは何も手を打てぬ。教皇庁も腐りきっている。だが、聞いてくれ。コルゼティ様こそが新しい秩序をもたらすのだ……」
その言葉に耳を傾けるのは、傷んだ服を着た労働者や、どこか疲れたまなざしの兵士たち。
杯を重ねるうちに心の重荷が薄まると、いつしか彼らの不満は言葉となって漏れ始める。
「獣魔が迫ってるってのに……王国の中央じゃ役人同士で足の引っ張り合いばっかりだろ? 何とかならねえのか」
「教皇庁は聖典を振りかざすが、結局自分たちの権威を守りたいだけさ。コルゼティ様はほんとに我らを救ってくれるんだろうか?」
吟遊詩人はそこを逃さず、明るい声で続けた。
「この小冊子をお読みなさい。コルゼティ様は神器を手にして獣魔を封じる力を持つとされている。何なら、ここに書かれている詩文も、さあどうぞ」
そう言って配られる反乱詩文や小冊子には、「聖女コルゼティがもたらす新秩序こそが真の救済」と謳われている。
天啓を受けたというその姿がいかに神々しく、人々を守るために神器を振るう存在であるか。
美談に近い言葉が並んでいた。
夜更け前、街頭のあちこちで別の演説が始まる。
小さな台に乗り、通りすがりの民衆に向けて高らかに声を上げる者がいた。
「聞け、バトリグの民よ! 獣魔が眼前に迫ったというのに、聖女王ヴィゾアと教皇庁は何もしない。我々を見捨てるのか?コルゼティ様ならば神器の力をもって民を救ってくださる!今こそ、新たな秩序への扉を開くときだ!」
その言葉ははじめ、通り過ぎるだけの人々の気を引くことはなかった。
むしろ不審のまなざしを向けられることも多い。だが、酒場や路地裏でこっそりささやかれる“王国の中央への不満”と結びつくと、その声には重みを帯びていく。
次第に「本当かもしれない」「今のままでは街は守れない」という空気が広がるのだ。
「……本当に、獣魔を退けられるなら、どんな手段でもいい」
「コルゼティ様を支持したら、家族を守れるのか?」
そうした声が、バトリグの裏通りや市場の片隅からわき上がるようになった。
壁の落書きは、やがてビラや張り紙となり、半ば公然と「コルゼティ万歳」の文句までも載せ始める。
教皇庁から派遣された兵が剥がそうとしても、翌朝にはより目立つ場所に再び貼り出されている。
人々は厄災を前に、別の可能性にすがりつかずにはいられない。
だからこそ“新秩序”という響きに惹かれ始める。
正体のわからぬ聖女――コルゼティが本当に救済をもたらすのか、あるいはさらなる混乱を呼ぶのか。
今はまだ誰も知らない。
吟遊詩人と演説者たちの声は、おびえる市民の胸にわずかな希望を持たせ、そして懐疑の闇も深めていく。
そうして都市の空気は少しずつ変わっていき、まるで何か大きな動乱が迫りくる前触れのように、ざわざわと震え始めていた。
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コメント
軍による有効打を打てない獣魔を幾度となく撃退した功績で王族を差し置いて国王として認められ、大型獣魔を幾度も撃破、重傷を負い動けなくなったヴィゾアが何も手を打てないと批判するのは情報が吟遊詩人便りの時代故か。
国家元首の体調不良は伏せられる為、ヴィゾアが対応しないと見なされるのが歯痒い所。
教皇庁の方針で不当な扱いを受ける辺境に不満が堪っているとはいえ、腐敗している教皇庁はともかく、手が回らない聖女王側への当たりは皺寄せ甚だしい。
テレビが登場する以前、新聞・雑誌記事の内容が事実として真に受けられる時代があったとか。
ヴィゾアが国王になれた理由は獣魔討伐の功績や、王自らの意思で王位を譲るというよりは、教皇庁が牛耳る為にアズトラ教の神威を示す聖女を国の頂点に据えたと見るべきか。
しかし、地質に影響を与える神器の効果は地味に凄い。
鉱石の恩恵を誇張して吹聴すれば、神の生まれ変わりを自称して扇動し易い。
吟遊詩人「この小冊子だけが貴方を救済する唯一の導。【イブールの本】3000Gです」
ヴィゾアはかなり実績があるんですけどね。
ただまあ、いつの世も他責思考の人はいるわけでして。
自分の人生が思い通りにいかないのは、国の政策のせいだ!
みたいな。
そこに同調する形でコルゼティ一派がつけこむ、みたいな。
新聞や雑誌がメインの情報源って時代はかなり長い気がしますね。
人類史全体でみたらわずかなんでしょうけども。
イブールの本!?
特に役割のないアイテムなんですね。
でもこういう遊び心もいいなあ。
ほーん。ジワジワとエザリス王国の中央に対する信頼をなくしていく作戦?コルゼティは用意周到なタイプですねーてっきり鉄拳ブリッツでゴリゴリ押してくるのかと。。
神器やアズカライトで底上げしているとはいえ、エザリスの一線級の聖女たちは猛者ぞろいですので。
戦況をひっくり返すための策を用意していたようです。
戦いとなれば鉄拳ブリッツでガシガシ押してくるので、最終的には力づくで国家転覆を狙ってます。
思想を流すときは小冊子だのチラシでやるしかないわけか。銃だの武器は発達してるように見えるけど。まあメールだのも最近か。
郵便制度は、紀元前1世紀頃にペルシャで始まり、その後ギリシャやローマに伝わった…のだそうで。
そう考えると手紙が現役だった時代はそうとう長い気がします。
電子メールは1971年に発明されたそうですが、普及したのは1993年ごろなんだとか。
そう考えるとつい最近まで紙媒体が主流だったんですね。