鉄槌の聖女

「いずれにせよ、正面突破はできない」
「それは我々が決めることだ」

作戦会議にも使用される聖堂の一室。
早朝にもかかわらず、幾人かの男女が集まっている。
ふたりが大理石のテーブルをはさんで向かい合っていた。

エルゼナグは他の獣魔とは一線を画した存在だ。少なくとも無策で戦える相手ではない」
低い声が響く。
首都ウクトに戻ったアムネズたちから報告を聞いた法王ディメウスは翌朝、聖堂の一室に聖女を招集した。

獣魔エルゼナグの復活。
ギルゼンスたちとの交戦。
そして、ふたりの聖女との融合。

報告を聞いたディメウスは我が耳を疑った。
神話の世界で語られた獣魔と、国家元首が融合してしまった。
今は眠りについているとしても、いつ目を覚ますかわからないのだ。

「敵がいるなら叩き潰す。小細工は不要だ」
短い銀色の髪を持つ聖女は長椅子に深く腰掛け、脚を組みながら言い切る。
聖女ユゼルテスは複雑に考えない。
脅威があるなら直接叩いて排除するだけなのだ。
巨大な2機の槌型ブリッツはその思想を現実のものへと変え続けてきた。

そして、ふたりの聖女を失っても感傷的になることはない。
聖女皇であっても獣魔と融合したのなら、彼女にとっては倒すべき相手でしかない。

「分厚い外皮を持つ龍型の獣魔であってもあなたの槌なら通じよう。しかし、今度ばかりは相手が悪すぎる」
「ならばどうする? このまま見ているつもりか」
ユゼルテスが席を立つ。
今エルゼナグが目覚めたらヴァルネイ共和国は甚大な被害を被るだろう。

「海上要塞に救援を要請する。大型獣魔の討伐に長けた三国の聖女が集まれば、まだ可能性はある」
法王ディメウスが獣魔からの防衛の要所として定めた防衛圏。
その中央にはゲイルード海上要塞が建設されている。
常に歴戦の聖女たちが配置されている場所でもある。

「海上要塞から駆けつけるにしても丸ニ日はかかるじゃろう。それまで眠っていてくれるとは限らん」
様子を見ていた聖女イゼが口火を切った。
仮に救援要請が通ったとしても、リガレア・エザリス両国に大きな借りを作ることになる。
しかし背に腹は代えられない。

「我が国の戦力のみで勝算はあるのですか」
ディメウスが問う。
近接系の聖女たちの多くはイゼから剣技を学ぶ。
それだけにヴァルネイ共和国の近接系アタッカーの戦力を最も正確に把握できているはずだ。

「読めぬな。わらわたちが足止めも兼ねて斥候に出るしかあるまい。ディメウス殿は救援要請を頼む」
エルゼナグの様子を探るために、少数の聖女を派遣する。
大きな危険が伴うのは間違いない。

「話は終わりだな。私以外に誰が出る?」
ユゼルテスが壁にかけた槌型ブリッツを念動力で引き寄せる。
重たい金属のかたまりが綿毛のように浮かび上がった。

「私が同行する」
アムネズが一歩進み出る。
天獣との戦いで傷を負ったが、足取りはしっかりとしていた。

「馬鹿者。休んでおれ」
「天獣を倒したことがエルゼナグ復活のきっかけとなっている。知らなかったで済むことではない。この手で決着をつけたい」
剣の師匠であるイゼの言葉も今のアムネズには届かなかった。
こうなってしまったら誰に何を言われても出撃するだろう。
イゼは彼女の頑固さをよく知っていた。

「誰でもかまわない。足さえ引っ張らなければな」
ユゼルテスは靴音を鳴らしながら去っていく。
歴戦の聖女が見せる背中は、心なしか高揚しているようにも見えた。

↓NEXT

夜明けの盾
夜明けの空は、どこか不穏な気配を漂わせていた。濃紺から紫色へと変わる空には、重く垂れこめる暗雲が広がっている。かすかな赤みが雲の隙間から漏れ...

コメント

  1. 匿名 より:

    聖女の意識で獣魔を制御できているか確認する前に攻撃を進言するユゼルテスは中々に脳筋な所がありますね。
    もし融合の影響で獣魔が大人しく中立の存在になっていたら敵対する事になります。
    眠っている間に最大火力の先制攻撃で仕留め切れれば問題無いですが、感応力を得た事で敵意の接近を鋭敏に察知して奇襲は無理そうです。

    • akima より:

      力こそパワーを体現する方なんです!
      そういう意味ではリガレア帝国寄りなんですけども。

      獣魔の強さは身にしみてわかっているので、聖女たちは取り込まれたと判断しています。
      助け出せるかもしれない…みたいな気持ちもなく、一緒に倒してしまうつもり。
      冷たくも見えますけど被害を大きくしないために感情をはさまないようにしてる聖女ですね。

  2. 匿名 より:

    武闘派すぎて草
    やる気満々やん
    みんなで袋叩きにするんじゃイカンの?
    大型獣魔と戦える聖女が決まってるなら仕方ないけど

    • akima より:

      そうですね、ユゼルテスのハンマーは対大型獣魔専用みたいなとこありますので燃えてます。
      エルゼナグは体長が25メートルありますので小さい銃や槍、レイピアみたいなブリッツを使う聖女ではほぼダメージが通りません。
      逆に、大剣や槌を持つ聖女は小さくて素早い小型~中型獣魔はニガテだったりします。

  3. 匿名 より:

    法王ニキ聖女たちにはあんまり影響力なさそう
    タメ口だし

    • akima より:

      みんなから一目置かれてはいるんですが、戦闘に関しては前線に立つわけじゃないのでそこまで発言に重みがない感じですね。

  4. 匿名 より:

    連投失礼
    もう師匠のイゼよりアムネズの方が強いっぽい

    • akima より:

      天獣、エルゼナグとの戦いで経験を得ましたし、強いですね。
      でも単純な剣技ではイゼの方がまだ上だったりします。