そよ風の微笑

私にみなを導くことなどできるのだろうか――
ウクトの街を一望できる城塞の屋上で、聖女皇となったアムネズはただ風を感じていた。

眼下には、金色に染まった大地が広がっている。
蛇行する大河は夕陽をそのまま溶かし込んだかのように輝き、ゆるやかな流れが遠くの山々へと続いていた。

雲は薄く引き延ばされ、まるで世界そのものが静かに呼吸しているかのようだった。
獣魔エルゼナグとの戦いでギルゼンスが失踪し、ヴァルネイ共和国には元首不在の状態が続いていた。

ギルゼンスが聖魔となったことを受け、新たに議会は選挙を行った。
その結果、選出されたのはエルゼナグの迎撃戦で大きな戦果をあげた聖女アムネズだった。

「ここは見晴らしがいいな」
低めの落ち着いた声がアムネズの背中から聞こえる。

「ええ。この場所が気に入っているんです」
アムネズは振り返らずに答える。

普段から言葉をかわすことは少ない。
だが、アムネズが迷ったり焦燥感を抱えている時には、いつも側にいてくれる。
ユゼルテスは戦闘時はもちろん、聖女として生きる上でもっとも頼れる先輩だった。

「どうした?胸を張れ。お前は国の代表となったんだからな」
「私には過ぎた大役です。戦果や実績というならユゼルテス。あなたこそ聖女を束ねるのにふさわしい」
アムネズは振り返ると、涼し気な表情でたたずむユゼルテスに心情をぶつけた。
普段は押し殺している気持ちも、彼女の前でだけは素直に表現することができた。

「ふふっ。もとより権力になど興味はない。私が求めるのはもっと純粋な力だ」
「力というのなら尚更です。法力の強さ、練度。いずれもあなたには及びません」

「確かに統治には力も必要だ。話し合いだけでは『真の調和』とやらも理想に終わるだろう。だからこそ適切な時に、必要な分だけ力を振るうことが求められる。アムネズ、お前ならそれを実現できる」
「買いかぶりです。振るうべき力を見定めるなど、私にはとても…」

銀色の長い髪が風に揺れる。
アムネズはうつむくと、手のひらを胸に当てた。
鼓動が落ち着かない。

「ならば私がお前の剣となろう。振るうべき力のひとつとして、私を使うがいい。必要なら、ここで一緒に悩んでやる」
「そうしていただけると助かります」

「お安い御用だ。それで退屈な式典に出なくて済むのなら、な」
そう言ってユゼルテスは肩をすくめた。
無駄を嫌う彼女らしい言葉に、思わずアムネズの口元がほころぶ。

そよぐ風が微笑みを後押しするように頬をなでた。
まるで穏やかな朝露が陽射しに溶けていくように、胸に渦巻く不安が静かにほどけていくのをアムネズは感じていた。