聖女ジグナは教皇庁の重厚な扉を静かに閉じた。
冷たく響く廊下を一歩ずつ踏みしめるたび、胸の奥にくすぶる失望が深まるばかりだった。
司教たちを前に、彼女は何度も説いた。
子どもたちこそが国の未来そのものであり、彼らに必要な支援を惜しむべきではない、と。
育児への支援金、一定の年齢までの教育と医療費の無償化、孤児院の増設、戦争遺児の受け入れ。いくつ挙げても足りないほどだ。
だが、返ってきたのは「資源が足りない」「他にも進めなければならない施策が山積みだ」という、言い訳めいた言葉ばかり。
「国の未来を真に考えるのなら、子どもへの支援こそが最優先ではないのですか?」
ジグナの問いは、薄暗い会議室に虚しく消えた。
彼女の言葉が届かないもどかしさに心は引き裂かれる思いだったが、最終的に予算は下りず、交渉は決裂した。
大聖堂の石壁に染み込む冷気が、ジグナの肩にずしりと重くのしかかる。
彼女は深く息をつき、街を歩きだす。
「俗物め。どいつもこいつも、保身に走る無能ばかりだ」
吐き捨てるようにつぶやく。
だが、諦めるつもりは毛頭ない。
永遠の平和が約束された国――
そう讃えられるエザリス王国の実状を、ジグナは知っている。
低俗な人間がのさばり、必要な場所に資源が行き渡っていない。
(いっそ粛清するのも手か)
物騒な想いは胸に秘め、言葉にすることはなかった。
法と秩序を重んじる彼女には、力づくで意を押し通すことはできない。
だが、今のままで正義を成せるとも思えなかった。
時折、リガレア帝国の聖女たちを羨ましく感じることがある。
「力こそが正義、か。そこまで割り切れたら悩みごとの大半は消え失せるだろうな」
ジグナは小さくつぶやくと、通りがかったカフェのテラス席に座り、給仕に温かい紅茶を注文する。
椅子に腰かけ、頬杖をついた。
ふと意識を街道に向けると、子どもたちが楽しそうに走り回っている光景が視えた。
笑い声が風に乗って響き渡り、無邪気な姿に自然と微笑みが浮かぶ。
その瞬間、ジグナは改めて心に誓った。
この穏やかな街の風景を、未来を担う子どもたちの笑顔を守るために、聖女としての使命を果たさなければならないと。
獣魔や身勝手な大人たちから街を守ること、それが自分の存在意義であり、天啓を受けた理由なのだと再確認する。
彼女は深く呼吸をした後、再びカップに口をつけた。
街道を走り回る子どもたちの笑顔が、ジグナの胸に温かい灯を灯した。
これからも全力で戦う、その決意を新たにしながら。
祈るように握りしめた拳に、力強い温もりが残っていた。
コメント
清楚で美しい佇まいが素晴らしいです。
反撃を許さず粛清し、我を通せる力に憧れるものがあります。
似た考えで「全てがひれ伏せば醜い争いが無くなる」実現できれば最高な一方、自分以外の者が言うとむかつく悪役の台詞。
こういうのを同族嫌悪という訳ですか(笑)
ジグナはもっと活躍させたいなと思ってます。
でもバイザーがうまく表現できず…
粛清する側はすっきりするかもしれませんが、それが許されるかというと難しいですね。
誰にとっての正義か、ということになるんですけども。
ジグナもそういう意味ではヴィゾアと同じで、独りよがりかもしれません。
絵を描く人間としては手のあたりや肘の位置なんかが気になるけど。やっぱりそういうのは気にしてないんですね。
手のあたりはあやしいかな~と自分でやってみたんですが、割とこんな感じに見えました。
肘は横並びじゃなくてもっと左肘が奥にあるはずってことですかね?