光差す街角

空が低く垂れ込めたヴァルネイ共和国の首都ウクトで、聖女ミズハは今日も違和感を抱えていた。

街を埋め尽くす白亜の建物群は、エイシュの古い土壁の家々とは似ても似つかなかった。

そして、通りを行き交う人々の中で、自分だけが浮いているような感覚。
それは10年経った今でも、完全には消えることはなかった。

異郷の暮らしの中でたびたび目にする「調和」の文字。
ヴァルネイ共和国が建国以来掲げてきた理念だった。
だが、その輝かしい理念はミズハの心にある靄を晴らすことはできなかった。

「そもそも、私ってこの国の『調和』に含まれてんのかな」
その問いは、幾度となく彼女の心を過った。
強くなれば認められるのではないか――そんな単純な思いから、ミズハは空手道場の門を叩く。

しかし、生来の体の硬さは周囲の笑いを誘い、素質のなさは明白だった。
それでも、彼女は通い続けた。

神の天啓は、そんな彼女の前に突如として現れた。
聖なる光が彼女を包み込み、特別な力が与えられる。

しかし、その光は彼女の心の闇を照らし出すことはなかった。
むしろ、周囲からの視線は一層複雑なものとなった。

「エイシュからの移民が、なぜ聖女に」
ささやきは、風のように彼女の耳に届いた。
そんな時、運命は思わぬ導き手を用意していた。

修練場の隅で黙々と稽古をつける目隠しの女性。
イゼと呼ばれる彼女もまた、エイシュからの移民だった。
しかし、その佇まいには確かな威厳があり、修練場の生徒たちは彼女を深く信頼していた。

「力を見せつける必要はない。ただ、在るがままでよいのだ」
イゼの言葉は、まるで古い呪縛を解くような力を持っていた。

彼女の指導の下、ミズハは少しずつ変わっていった。
肩の力が抜け、周囲との関わり方が自然になっていく。
道場では、不器用ながらも自分のペースで稽古を重ねた。

聖女としての力も、誰かに認められようとするのではなく、目の前の人のために使うようになった。

通りで転んだ子どもを支え、市場で具合の悪くなった老婆を助け、時には道に迷った観光客の道案内をした。

そんな日々の中で、ミズハは気づいた。以前のような居心地の悪さが、いつしか薄れていることに。

白亜の建物の間を歩きながら、ふと空を見上げる。
雲の切れ間から差し込む光が、故郷のエイシュで見た空と同じように美しく感じられた。

「これが…私なりの『調和』なのかな」
その思いは、かつての重たい問いへの、静かな答えとなっていた。

国という枠を超えて、人と人とが自然につながっていく。
それは派手な現象ではなく、日々の小さな営みの中にこそある。
ミズハは今、そんな調和の一部となっていた。

イゼは時折、穏やかな笑みを浮かべながら彼女を見守っている。
その眼差しの中に、かつての自分の姿を重ねているのかもしれない。

街はいつものように喧騒に満ちている。その中をミズハは歩く。
以前ほどに周囲の視線を気にすることはない。
ただ、自分の足で、自分の道を進んでいく。

コメント

  1. 聖剣の目隠し乙女 より:

    精神面を諭し慕われる師匠キャラ良いですね。
    自分勝手に振舞いそうなゾティアスも仲間としっかり強調しているし、人格面の成長にも良い影響を与えている模様。
    イゼ本人は素の部分でボロが出る一方で、既に指導者としての人徳が身に着いていて立派です。
    一方、留学ではなく移民。日本がベースと思われるエイシュの立ち位置が不透明です。
    科学の発展は遅れてそうな反面、独自の技術や資源、文化は一目置かれる存在感を発揮できているのか否か。
    近代文明を急速に取り入れ発展する明治頃?

    • akima より:

      やはり優れた師匠が必要…ですね!
      後方腕組師匠ポジションを出していきたいと思っております。
      エイシュはもっと自然派なんですが、テクノロジー的にはほぼ同等ですね。
      その辺りももっと掘り下げていきたいですが…本編が始まらない笑
      神気とかファンタジー要素が多いので現代日本に当てはめるのはちょっと難しいですね。