名誉の終焉

怒号にも似た咆哮をあげて、ブレアスが拳を振るう。
力がすべてのリガレア帝国でも、彼は対話の重要性を説き、力づくの正義を否定してきた。
だが、それももう終わった。

病に伏した彼は生きることに執着し、聖女オーゾレスによって望み通り『不死の身体』を手に入れた。

うなりを上げて迫る拳を、パルゼアは新しい盾型ブリッツで受け止める。
ぼきり、とイヤな音が鳴った。
ブレアスの手首が不自然な方向に折ていたが、念動力で操作した盾は微動だにしない。

「なるほど。上出来だ」
パルゼアは確かな手応えを感じて、盾を引き寄せる。
小型の結晶核を搭載した次世代ブリッツは、法力の伝導率を飛躍的に高めていた。
軽く念じるだけで、自らの手足のように扱うことができる。

折れた腕など意に介さず、ブレアスが神殿内を暴れ狂う。
地響きが鳴り、壁は突き破られ、石柱は折れる。
しかし、パルゼアの盾だけは時間が止まったかのように静止していた。

――リガレアの民として、力を否定はしません。しかしながら、相手の立場になって考えることで見えてくるものがあると思うのです。

パルゼアは猛攻をしのぎながら、ブレアス司祭の誇りに満ちた微笑みを思い返す。
貧しい者には自らのわずかな食事を分け与え、紛争で怪我をした者の元へは雨の日も風の日も駆けつけた。
争いが起きれば、彼は冷静に両者の話を聞き、争いを収めるために尽力した。
そして子どもたちには、正直であること、助け合うことの大切さを教えた。

しかし――病で弱った心は、彼の清廉な人柄をも飲み込んでしまった。
なんとか生きる道を探していたブレアス司祭の申し出を、オーゾレスは喜々として受け入れただろう。

『恐れることはないわ。あなたは神と融合し、新たな神代を作る礎となるのよ』
甘い声が聞こえてくるようだった。
耳の奥深くにまで入り込み、不安に苛まれる心を揺さぶる。
まるで蜘蛛の糸のように絡め取ろうと迫り、ブレアス司祭はその声にすがったのだろう。

「よくやった。休め」
パルゼアが短く別れを告げるのと同時に、盾は淡い光をまといながら高速でブレアスの分厚い胸をつらぬいた。
盾の先端は音もなく獣魔の外皮に触れたかと思うと、何の抵抗もなく滑らかに吸い込まれていった。

法力を帯びた盾は獣魔の修復能力を無効化する。
胸に大穴が空いたブレアスはゆっくりと両膝を地面につき、前のめりになって倒れた。

パルゼアは静かに胸に手を当て、獣魔と成り果てたブレアスを見る。

怒号と金属のぶつかる音の中で、力を振るう己の姿だけが、確かだと信じていた。
この血塗られた手で、本当に平和をつかめるのか。
己の信念と、ぬぐえない疑問。

その狭間でパルゼアは力を行使するしかなかった。

コメント

  1. 匿名 より:

    ブレアスに悲しき過去・・・
    結局彼はオーゾレスと一緒に新しい時代を生きることを選択したんですな

    • akima より:

      美しい過去でもあるのですが、病でメンタルが弱くなってしまったパターンですね。
      オーゾレスの甘言にも気づいてはいましたが、他にどうしようもなかったというか。

      • 匿名 より:

        体が弱くなって性格もダメになるところリアルですねー
        ザクネルくんと似たような道をたどったか

        • akima より:

          やはり健全な精神は健全な肉体に宿る、ということで貧すれば鈍す的な。
          余裕がなくなっちゃったんですね。

  2. 聖剣の目隠し乙女 より:

    力への評価が否定寄りに最小化されているブレアスは戦神の司祭らしくない。
    真の平和とやらに至るまでは果てしない衝突が起こり、ようやくたどり着いた平和の維持には揺るぎ無い武力が必要となる。
    他の信徒ではなくゾルフレッドの司祭なら、力の行使に対して肯定的な理解が深くなるはず。
    大抵の作品において対話で分かり合えると語る人物は、自分の思想を押し付けるばかりで相手を否定し意見を聞こうとしない。
    その点、ブレアスには反する主張に多少なりとも擦り合わせようと試みる態度が見られる。
    善良ではあった様だが、信仰を代表する存在が異なる神に転ぶ結末が面白い。
    融合前には散々犠牲をもたらした獣魔を目の当たりにしているはずなのだから。
    大型の獣魔は制御の難易度が上がるとしても、オーゾレスは暴れるしか能がない使えない手駒を作る事は無い筈。
    不必要な破壊を辺りに撒き散らす、かつてのブレアスの発言に反する凶行は本人の理性を残した上での行動と見られる。
    あるいはパルゼアに対するブレアスの反感を見抜き、敢えて融合者の意識が失われる程の大型獣魔を用いた実験を行ったか。

    • akima より:

      戦神を信仰するなら司祭もトゲトゲの棍棒とか持ってそうですね。
      ブレアスはリガレア帝国で生きていくには少し平和主義すぎたかもしれません。
      まあ最終的には力で解決、を選んだのでヨシ!
      リガレア帝国は北欧神話を信仰するヴァイキングみたいな感じではなくて、もう少しマイルドですね。

      オーゾレスは人類の繁栄は目指していなくて、神やその関係者たちが統治する世界を作ろうとしてます。
      なので、獣魔がそのへんを歩いている世界でも別に良い、という考え方ですね。
      人間はたまったもんじゃないですが!

      • 聖剣の目隠し乙女 より:

        3神の神殿に対する獣魔因子の憎しみが暴走して神殿内を暴れ狂うとしたら、3神がメジャーな国の融合者は居心地が悪くなりそうですね。
        ブレアスが中型レベルだとすると、新型ブリッツの慣らし運転の相手としてはいささか物足りない。
        気になるのは融合者の量産体制。
        オーゾレス一人で儀式を行うには拘束時間を始めとした負担が大きく、神器を他者に開放して儀式を行う人員を増やすと神器を失うリスクがある。
        新たな世界を作れる程、素材となる獣魔の死体や部品を大量に回収・生け捕り出来ていたか等。

        • akima より:

          そうですね、中型ぐらいならパルゼアなら結構余裕で倒せるので。
          新型ブリッツが暴走するかもしれないので、最初は中型ぐらいから慣らしていくぅ!
          まあブレアスさんが獣魔化するのは、パルゼアとしては予想外だったんですけどね。
          獣魔との融合体をどう量産していくか!
          その辺りでルジエリと一悶着あったりします。

  3. 匿名 より:

    鎧とかバイザーも新調したんスね
    かっこよくなったけど立ち絵も新調すべきッスね