無比なる力

ヴィゾア様、今のうちに逃げますよ」
全身が海水でびしょ濡れになったウェレジアが、海上要塞の屋上に座り込むヴィゾアに声をかけた。
手に持った盾型のブリッツは、中央が大きくへこんでいる。

「まだ…戦えるわ」
「無理しないでください。これ、骨イッてますよ」
ウェレジアはヴィゾアを抱きかかえると、屋上の石床を蹴って飛び上がった。
ヴィゾアの左腕はぶらん、と垂れ下がっている。
吐血していることから、内臓も痛めているだろう。

「あとはあの人らにまかせて退避しましょ」
ウェレジアは戦地に戻ろうとするヴィゾアを両腕で抱きしめ、要塞から離れていく。
自らを海中に突き落としたギルゼンスに背を向けるのはしゃくだが、今は主君の保護を優先すべきと判断した。

その上空では重たい金属が打ち合う音が響いている。

「ほらほら、どうしたの?防戦一方じゃない」
余裕の笑みを浮かべながら、ギルゼンスは黒いブリッツを振り回す。
パルゼアは打撃のすべてを2機の盾型ブリッツで防ぎ、反撃を試みていた。

両者の力は一見すると拮抗しているように見えた。
しかし、パルゼアが操る盾は衝撃に耐えきれず、少しずつ形を歪めていった。
ひときわ大きな金属音が鳴り、1機の盾が弾かれる。
盾で隠れていたパルゼアの左半身が露わになった。

「くっ!」
「ガラ空きね。太くて硬いの、ブチ込んであげるわ!」
もう1機の黒いブリッツがギルゼンスの頭の上で鈍い輝きを放つ。
ブリッツが射出される寸前――
音もなく、黒い大剣がギルゼンスに迫った。

「ちっ」
ギルゼンスは忌々しげに空中で回転し、黒い大剣をかわす。
風を裂く、鋭い刃音があたりに響き渡った。

「パルゼア様!ご無事ですか」
黒いスカートが夕空にはためく。
ヘルゴウスを仕留め、主君の窮地に駆けつけたのは聖女ルジエリだった。

「ふ、なるほどね。聖女が相手なら随一の使い手。オーゾレスが仕込んだ切り札ってとこかしら」
ギルゼンスは空中で体勢を立て直すと、感心したように鼻で笑った。

「ルジエリ。ヤツの攻撃は私がすべて請け負う」
「はい!攻めに徹します」
ルジエリは短く答えると、ギルゼンスに向かって突進する。
2機の大剣型ブリッツが高速で舞い、甲高い金属音が鳴り響いた。

ギルゼンスは黒いブリッツを体の周囲に展開させ、ルジエリの猛攻を防ぐ。
斬撃をしのぎ、一瞬の隙を突いて攻撃に転じるが、パルゼアの盾がそれを阻んだ。

「ふう、さすがに疲れるわ。聖女の力だけで押さえつけるのは大変ね」
降り注ぐ斬撃の中で、ギルゼンスがつぶやく。
突如として、ルジエリとパルゼアの全身が炎に包まれた。

「えっ!?なにこれ…!」
「炎だと…!?」
とっさに念動防御を展開するも、状況が飲み込めない両者は動揺する。
その一瞬に黒いブリッツが閃き、ふたりの聖女は高速で海面に叩きつけられた。

「ふうん、直撃は免れたわね。流石だわ」
海に大きな水飛沫があがる。
各々がブリッツで防ぎはしたものの、ギルゼンスの放った黒いブリッツはふたりの聖女を一瞬で戦闘不能に追い込んだ。

「さて、あとは例の『作品』ね」
ギルゼンスは海上要塞の屋上に意識を向ける。
そこには呼吸を整えながら、自身を睨みつける男がいた。

「まったく、こっちは飛べねえってのによ。聖女同士の戦いってのは厄介なモンだな」
ぼやきながらも、リカードは戦斧をかまえる。
疲れは見えるが足取りに乱れはない。
ギルゼンスは音を立てず、静かに屋上に降り立った。

「獣魔の力で強化した兵士をよこすなんて、つくづく悪趣味な女。でも、あなたイイ男じゃない」
「よく言われるよ」
リカードは大きく跳躍し、間合いを詰めると戦斧を振り下ろした。
黒いブリッツが刃を受け止める。
宙に浮いていたブリッツは急速に輝きを失い、鈍い音を立ててギルゼンスの足元に転がった。

「それは――グレゼイルの滅斧。刃に触れたモノの神気を奪う神器ね。面白いオモチャだわ」
ギルゼンスは繰り出される斬撃を紙一重でかわし、リカードが振るう神器を観察する。

「…細かい理屈は知らんが、俺にブリッツは通じねえ」
「あら、そう」
言い終えるや否や、ギルゼンスの手のひらから放たれた炎がリカードの体に巻きつく。

「うおっ!」
「一度発現した炎は消せないみたいね」
ギルゼンスは満足げに微笑むと、石床に落ちた黒いブリッツの先端を手で掴み、力任せに振り回した。
常人には持ち上げることすらできないブリッツも、今のギルゼンスには棒切ほどの重さにしか感じられなかった。

「なっ…!?」
予期せぬ動きにリカードがたじろぐ。
かろうじて戦斧の柄で受けるが、踏ん張りきれず海上要塞の屋上から海へと落下していった。

「さあて、これですべて片付いたわ」
小さくため息をつくと、ギルゼンスは要塞の屋上の端に座り、足を組んだ。
体の表面には浅い切り傷がいくつかあったが、薄い煙をあげて傷口がふさがっていく。

「もう十分に”視”たでしょう?そろそろ出てらっしゃい」
ギルゼンスが海に向かって叫ぶ。
その声に応じるように、薄闇の下で海面が揺らめいた。

NEXT↓

対峙する聖魔
海面がゆっくりとドーム状に盛り上がり、流れ落ちる水が球を作る。 空中に浮かぶ水の球はギルゼンスの目の高さまで登っていく。

コメント

  1. 聖剣の目隠し乙女 より:

    質量と運動エネルギーを1点に集中する徹甲弾で貫かれない盾が頑丈ですね。
    勢いを外にいなせるのは感応力と念動力を集中するブリッツならではといったところでしょうか。
    並みいる強キャラを次々に薙ぎ倒すギルゼンスが強過ぎる!
    対するオーゾレスは神器の膨大な神気で自身の法力を増幅し、人の器を超えた全能力+20(あるいは+100?)で迎え撃つ!?

    • akima より:

      防御力に定評のあるパルゼアさんですが、今回ばかりは相手が悪いです。
      ギルゼンスは聖女の次のステージにいるので、これまでの戦い方は通じなくなっています。
      御使いクラスへの対応が必要ですね。
      オーゾレスは神器を持ってますので、それを工夫してしのぐことはできそうですが…!

  2. 匿名 より:

    ギルゼンス無双だ!
    ウェレジア何気にすごくない?

    • akima より:

      ウェレジアは硬いです!
      エザリス王国は特に防御が得意な聖女が多めなんですが、その中でも屈指の実力者なんです。

  3. 匿名 より:

    >太くて硬いの、ブチ込んであげる

    聖女皇様が言いそうなセリフ(実際言ってる)

    • akima より:

      そうなんですよ、私ははしたないので反対したんですが…
      ギルゼンスとベルナズは全然言う事聞いてくれません。
      あと最近はゾティアスも。

  4. 匿名 より:

    褐色目隠しエロギャル聖女は要素が多すぎるんだよ!反省してください!

    • akima より:

      するのかい、しないのかい、どっちなんだい!
      しー
      …ない!
      1000人に1人の同じ波長を持つ人のために書いている作品なんです。

  5. 山内禅定 より:

    音もなく迫ったのに辺りに響くほどの鋭い刃音とは・・・?

    • akima より:

      ウッ
      最初まっすぐ飛ばしたので音が小さくて、ギルゼンスの近くで斬りつけたから刃音が鳴った、とそういうことなんですね、きっと…