「はえ~こりゃ大物だ。近くで見るとホントでかいね」
ムーゼルはあんぐりと口を開けたまま、ジオッドがおびき寄せた獣魔を見上げた。
黒曜石を思わせる漆黒の外皮に覆われた異形の巨体は、浅瀬の上で威圧的な存在感を放っていた。
山羊を思わせる角ばった頭部は邪悪に歪んでおり、その目は死者の魂のように青白く光っている。
頭部から背中にかけて並ぶ棘は、禍々しい黒檀の彫刻のように鋭く反り返り、その姿は古の異教の神々を思わせた。
「さあ、ここが戦場だ。思いっきりやろう」
小岩に立ち、ジオッドはヤゴウルの前に立ちふさがった。
きらめく黄金の鎧と、大型の戦斧型ブリッツ。
頭部もリガレウム製の兜型バイザーで武装されている。
その背後ではディフェンダーのウェレジアが盾、バッファーのムーゼルが杖と短剣型のブリッツを空中に展開させていた。
「ムーゼルは防御バフを頼む。ウェレジア、近接攻撃は任せたよ」
「うい」
軽い返事をしながら、ウェレジアは新調した盾型ブリッツの持ち手を握りしめる。
リンカージェに破壊された盾よりもひと回り大きく、より防御力が向上した代物だ。
リガレウムをふんだんに使用した高級品だが、激化する獣魔との戦いに対抗するために聖女王ヴィゾアが予算を工面したのである。
獣魔ヤゴウルは無機質な青白い目でジオッドを見つめながら、大きく口を開いた。
喉の奥が強い光を放つ。
「マズい!」
ジオッドが跳躍するのとほぼ同時に、ヤゴウルが熱線を吐き出した。
凝縮されたエネルギーが海を照らす。
小岩が焼け焦げ、煙を上げた。
「ええ~熱線も吐くわけ?聞いてないよぉ」
「あれはあたしの盾じゃ防げないな」
「一箇所に固まるな。熱線は回避だ」
ジオッドは鋭く指示を飛ばすと空中で大きく旋回し、再度吐き出された熱線を避ける。
「威力はそこまでじゃないが、予備動作が少ない。厄介なやつだ」
思うように近づけず、ジオッドがぼやいた。
「このままじゃラチが明かないな。ムーゼル、援護頼む」
ウェレジアは盾を前面にかかげて空中を蹴った。
加速しながらヤゴウルに向かって飛んでいく。
「ちょっとぉ。無謀じゃないの~」
「あたしの経験上、遠間から攻撃してくるヤツは近接攻撃に自信がないんだよ」
ムーゼルの声を背で聞きながら、ウェレジアがヤゴウルの間合いに飛び込む。
青白い目がウェレジアをとらえる。
闇を突き抜けるように伸びる、幹のごとき漆黒の腕。
その先で蠢く爪は、まるで冷たい鎌が幾重にも重なり合うように不規則な間隔で並び立っていた。
振り下ろされた鋭い爪撃を、ウェレジアが盾で弾く。
衝撃の瞬間、ムーゼルは離れた場所から念動力を盾に集中させていた。
硬いものがぶつかり合う音が空気を震わせ、やがて低く唸るような余韻が大気へと溶けていく。
聖女ふたりがかりでも、受け止めるのが精一杯だ。
「近接攻撃も威力は十分みたいだよぉ」
「そうか?図体の割には大したことないけどな」
頬をつたう汗を拭きながら、ウェレジアは飛び退く。
その姿を追うように、ヤゴウルが大きく口を開いた。
「させるか!」
ジオッドは身の丈ほどもある大型の戦斧ブリッツをヤゴウルの背中に叩きつける。
黒く分厚い刃が外皮を斬り裂き、鮮血が飛び散った。
「浅い。が、防御は並だな」
ジオッドは刃を引き抜くと、再び距離を取る。
彼女は冷静に戦況を分析し、有効な攻撃手段を探っていた。
ヤゴウルは鱗や甲殻型の外皮を持つ獣魔に比べると、幾分防御力が低いようだ。
一進一退の攻防が続く。
ヤゴウルにもダメージが蓄積しているが、聖女たちが追った傷と疲労はそれを上回っていた。
「やはり纏閃で仕留めるしかないか。ウェレジア!私がおとりになる。一瞬でいい、スキを作ってくれ」
ジオッドは叫びながら、ヤゴウルの前面へと旋回する。
爪の届かない位置で止まると、ヤゴウルは再度口を開いて熱線を吐き出すべく、小さくのけぞった。
「スキを作るって言ったって、どうやって」
迷いながらもウェレジアはヤゴウルに向かって突進する。
ジオッドは放たれた熱線をギリギリで回避すると、両手で掴んだ戦斧型ブリッツに精神を集中させた。
バイザーの下で目を閉じ、自らの体と周囲に満ちた神気をかき集めていく。
その無防備な姿に、黒く巨大な爪が迫った。
「てえい」
ムーゼルの間延びした声とは裏腹に、鋭く放たれた短剣型のブリッツがヤゴウルの青白い眼球に突き刺さる。
ヤゴウルの意識がムーゼルに移ったその瞬間――
ウェレジアは新調した巨大な盾を念動力で放り投げ、ヤゴウルの胸に叩きつけた。
盾の先端が胸に深々と突き刺さる。
巨体を震わせ、ヤゴウルが怒りの咆哮をあげた。
「今楽にしてやる」
淡い光に包まれたジオッドは戦斧型ブリッツを大きく振りかぶると、躊躇なくヤゴウルの眉間に刃を振り下ろした。
禍々しい頭部が斬り裂かれていく。
赤黒い鮮血が空中に舞った。
凝集した神気を法力に変換し、一気に放つことで爆発的な威力を生む纏閃。
レイズウォルの切り札とも言える技を受け、ヤゴウルは力なく浅瀬に膝をついた。
しかし、その腕がゆっくりと持ち上がり、再びジオッドに掴みかかろうとする。
「ま、まだ生きているのか…」
力を使い果たしたジオッドが、なんとか戦斧を構え直した時。
空から降り注いだ一条の閃光がヤゴウルの頭部を貫いた。
光が血に染まる獣魔の頭を焼き尽くし、蒸発させていく。
「はあ、助かった…」
後方に退避していたウェレジアは空を見上げて言った。
その視線の先には、金色に輝く長い髪をなびかせた聖女が砲型のブリッツを構えている。
「みんな、よく頑張ってくれたわ」
ヴィゾアは優しく微笑むと、聖女たちの奮闘をたたえた。
「なんとか間に合ったみたいね」
「ありがとうございます、聖女王様。ただ、獣魔の群れは今の個体で最後です」
ジオッドは安堵しながら返答した。
しかし、空にたたずむヴィゾアはバイザーの奥で背後の空を見つめている。
「まずはお疲れ様。だけど、ここからが本番みたいなの」
夕空に浮かぶ小さな影が、すさまじい速度で近づいてくる。
その周囲にはまるで墨を垂らしたように、黒い靄が不自然な動きで広がっていた。
風は止み、鳥たちの声も途絶える。
次第に大きくなっていくその影は、夕陽の光さえも飲み込むように重たい存在感を放っていた。
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コメント
ムーゼルは大型獣魔と戦うのは初なんでしょうか。それとも近くで見たことがなかったのかな。ここからが本番ということは大型獣魔は前哨戦。すさまじい速度で飛んでくるということは・・・もしかして序盤に出てきた2人のどっちかとか?
何度か戦っていますが後方支援に徹していましたので、あまり近くではみたことがないですね。
あとヤゴウルは大型獣魔の中でもちょいデカめで、角もあるから迫力満点です。
さて、何が飛んできたのでしょうか…!?
短時間で速射される熱線は厄介ですね。
未曽有の危機という割に1話1殺される大型獣魔には、やはりボス格が控えていましたか。
『我ら大型獣魔四天王、その連携の前に敵は無し!!」
大型獣魔が周囲に首を巡らす。その周囲に獣魔の影は無い。
「…わ、我ら大型獣魔四天王…」
熱線の連打はマズいです!
生身では受けられませんので回避ですね。
1話1殺…確かに!
でも1話が他に比べると長めですので…へへ。
周囲には獣魔の影は…ないとも言えるし、あるとも言えます!
ヤゴウルのモデルは悪魔のバフォメットと予想。
ヤバそうなのが近づいていますがジオッドは戦えないですよね。
ヴィゾアがメインで勝負するのか。
更新まってます。
そんな感じです!
バフォメット、怖いですよね。
獣魔はいろんなモチーフがあるんですが、今回は怖さ重視でいってみました。
ジオッドはもう法力切れです。
まずはヴィゾアが相手をする形になりますね。
近距離から全法力を叩き込んでも仕留め切れなかったジオッドの纏閃。
対して、頭部を焼き尽くして蒸発させ、まだ次を撃てそうなヴィゾアの天墜は利便性威力共に勝る様な。
凄まじい速度で近づき次第に大きくなる影は、夕陽の光さえも飲み込むように重たい存在感<大きさの表現と墨を垂らした様な黒い靄の禍々しさからは獣魔をイメージします。
この風格に相当するのはエルゼナグ/ギルゼンス。
しかし、ギルゼンスは今回は攻めて来ないはず…。
気になるのはPixivの【新たなる契約】リンカージェが良い駒を得たのか、ゼハインが強豪を見定めているのか?
ジオッドは近づいている上に「外したら負け」ぐらいの勢いであの威力を実現しているので、遠間から十分な火力を出せるヴィゾアは圧倒的ですね。
一応斧型ブリッツは高防御の敵に対して強い、という特性がありまして、高防御型ならヴィゾアより効果的にダメージを通せます。
あとヴィゾアはためがデカすぎて一人だとまともに撃てないという弱点もありますね。
ため撃ち以外もできますが、火力は下がります。
今のところ的が大きい戦いばかりなので、あまり弱点が目立っていないかな。
次に襲来する敵との相性は果たして…
レイズウォルにはしっかりと見せ場が用意されましたね。
ただ大型獣魔がラスボスでは三大獣魔の後では物足りなく思っていたところです。
黒い影の正体に期待ですw
黒い靄・存在感の記述から帰ってきたエルゼナクと予想です。
最初の構想から文字に書き起こすまでにずいぶん時間をかけてしまいました!
次に襲ってくるのはもっと手強い相手です。